TRADITION

「愛」の兜で戦場を駆けた、
直江兼続
「戦国武将名鑑」

2021.6.1
「愛」の兜で戦場を駆けた、<br>直江兼続<br><small>「戦国武将名鑑」</small>

15世紀末から16世紀末、日本は戦乱の時代。室町幕府が完全に失墜し、守護大名に代わって全国で戦国大名が勢力を増した。日本史上の中でも戦国時代は、現代においてもなお伝説的な武将が多く存在している。人気の武将を図鑑形式で紹介する「戦国武将名鑑」。今回は、「愛」の兜で戦場を駆けた義の武将、直江兼続(なおえ かねつぐ)です。

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生没年
1560~1619年

Place
越後国(新潟県)
Data
由来|樋口氏(中原姓)→直江氏(豊臣贈姓)
改名|与六(與六)→樋口兼続→直江兼続→重光
正室|お船

三盛亀甲三枚葉

大河ドラマの主人公に選ばれたことで脚光を浴びた武将である。その実像は、米沢藩主・上杉家の家老として、財政再建を務めた苦労人であった。兼続は他人に優しい性格で、藩の運営において人材こそが重要であるという考えをもっていたため、苦しいときも決して家来を見捨てなかったといわれている。自身は慎ましやかな暮らしを送りながらも、農業を振興して家臣を養ったという。兼続のトレードマークといえば、“愛”と掲げられた兜が有名だ。これは“LOVE”の意味ではなく、武田信玄と北条氏政の打倒を祈願した愛宕神社の名称から採られているとされる。なお、愛妻家としても知られている。生涯にわたって夫婦関係はすこぶる良好で、おしどり夫婦であった。当時としては珍しく側室を一人も迎えなかったという。

「不肖兼続の右手は戦場にあって
采配を預かるもの。」

伊達政宗が大判を回覧させているとき、兼続は手で触れようとはしなかった。遠慮していると思った政宗が「手で触ってもよい」と話したことに対する返答。

年表

1560 越後国に生まれる
1564 上杉景勝の近侍
1578 御館の乱では、父・兼豊とともに景勝方につく
1581 景勝の命により、直江景綱の娘・お船の婿養子となり、直江家を継ぎ与板城主となる
1586 従五位下に叙せられる。また新発田重家の乱で勝利
1588 豊臣秀吉から豊臣の氏を授けられる
1598 景勝の会津移封に伴い、米沢を領す
1600 「東北の関ヶ原」と呼ばれる長谷堂城の戦いが起こる
1614 大坂冬の陣に徳川方として参戦
1619 江戸で病死

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宇喜多秀家

Supervision=Sunao Kawaguchi text=Ken Motoshiro illustrator=Mariya Arai, A&W
2013年2月号「武士道」

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