天皇とは「祈り」。2000年以上受け継がれている日本人の心とは
平成31年はまもなく幕を閉じ、5月1日の皇位継承に先立って新しい元号が発表される。そもそも元号とは?天皇とは?そして日本とはどんな国なのか。
皇位継承の日が近づく2月、宮中とゆかりの深い伊勢の地で、旧知の仲である竹田さん、松本さんが天皇について語り合った。
竹田恒泰さん(写真左)
作家。昭和50年、旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫。平成18年『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)で第15回山本七平賞受賞。『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(PHP研究所)など著書多数。年間200本以上の講演を行う。
松本栄文さん(写真右)
花冠「陽明庵」主人、作家。一般社団法人日本食文化会議理事長。『日本料理と天皇』(枻出版社)でグルマン世界料理本大賞2015の最高位「殿堂」、及び「創設最高賞」を受賞。メディアや講演会を通じて日本の伝承・伝統文化の普及に努める。
日本人にとって
天皇とは?
松本
あらためて天皇陛下のご存在、竹田さんにはどう映っていますか?
竹田
日本は歴史がある国です。先人たちの軌跡は記録で残され、考古学でも2000年はさかのぼることができる。これは素晴らしいことです。鮭が産卵のために川をさかのぼって自分が生まれた場所を目指すのは、それが子孫を残す最も確実な方法だからです。
そして日本人が2000年以上大切にしてきたものが天皇です。その理由はもはや誰もわからずとも、そこには何か意味があるわけです。
松本
天皇とは何か?これを言葉で説明するのは難しいことですね。
竹田
とても多面的で、いろいろな価値や趣をもっていますから。でもそこに存在理由があると私は思います。
つまり天皇があっての日本であり、いわば日本そのものを守り続けている存在であるといえるのではないでしょうか。宮中は古いものを残すことに価値を見出してきた世界です。日本の古きよきものが、社会では失われていても、宮中で継承されています。
松本
三種の神器 (『古事記』によれば、 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が地上世界に降りてくる際に託され、ひ孫で初代天皇である初代神武天皇へ継承された) はその最たるものでしょうか。
竹田 そうですね。三種の神器とは神代に神々の手によってつくられた剣、勾玉、鏡ですが、初代天皇以来、第125代にあたる現在の天皇陛下まで継承されています。
いわば天皇が天皇であるための証しですね。
その価値とは物質的なものではなく、そこに天照大御神(アマテラスオオミカミ。日本神話の中の最高神。天皇の祖先であり、すべての国民の祖神(おやがみ)として伊勢の神宮(内宮)をはじめ、日本の多くの神社に祀られている) の御神霊が宿るということ。
そして2000年以上の長きにわたって、歴代天皇は国民一人ひとりを我が子のように愛し、その幸せを祈り続けてきました。ですから天皇とは何かと問われたら、祈る存在だとお答えするのが一番正確かもしれません。
「君が代」は、実は
古今和歌集がルーツ
松本
日本とはどんな国かを考えるとき、国歌である「君が代」を知ればその姿が見えてきますね。
竹田
外国の国歌と比較すれば、君が代がいかに素晴らしいかがわかるでしょう。
多くの外国の国歌は、国家のために敵を打ち負かし、正義の戦いに勝ち抜いてきたという誇りを歌い上げた軍歌です。
君が代はその対局にあります。五七五七七からなる和歌であり、古今和歌集に祝いの歌として収録されていたもの。
「君」は大切な人という意味で、国歌では天皇陛下を指します。つまり天皇陛下に長生きしてもらいたいということを神に祈る歌なのです。
松本
そもそも陛下は和歌を通じて国民の幸せを祈ってくださっています。
竹田
歴代天皇がお詠みになる和歌を御製(ぎょせい)といいますが、御製とは日本国民の幸せを願う祈りそのもの。五七五七七は神に直結するリズムです。
それに対して我々が天皇陛下にできることは、君が代を歌って陛下の長寿を祈ることぐらいなのです。
松本
君が代にさざれ石という言葉を用いたのが、なんとも日本らしいと思います。
竹田
古事記では岩そのものが永遠の象徴です。さざれ石はただの石ではなく、もともと小さな石が何万年、何十万年という時間を経て岩に成長する、という悠久の時間と永遠性を秘めた存在です。しかもそこにびっしりと苔がむす、それほど君が代が続いてほしいという意味です。
松本
日本人の豊かな精神性に気づかされます。今後の儀式の中で多くの国民が万歳をすると思います。その万歳 (いつまでも生き、長く栄えること。まためでたいこと、 喜ぶべきこと) にも意味がありますね。
竹田
万歳も、まさに君が代に通じるものです。日々国民の幸せを願ってくれる天皇陛下が、お元気で長く生きていただきたいというお返しです。
天皇の「祈り」が
日本を束ね上げてきた
松本
皇位継承の儀式で最も重要なものといえば、なんといっても大嘗祭(だいじょうさい)でしょうか。
竹田
大嘗祭は、新天皇陛下がはじめてなさる新嘗祭 (にいなめさい。「新」は新穀を、「嘗」は奉ることを意味し、新穀を神に奉り、その恵みに感謝し、国家安泰、国民の繁栄を祈る祭り) です。新嘗祭は年間で20件近く行われる宮中祭祀の中で、最も大切なもの。
昨年の11月23日、天皇陛下は最後の新嘗祭をあそばされました。儀式はひと晩のうちに2時間ずつ2回行われ、正座だそうです。
近年、陛下はこの日のために正座の慣らし訓練をなさったと聞こえてきますが、陛下が真剣に祭祀の準備をし、祭祀に向かう姿が国民の目に触れることはありません。天皇の祈りとは非公開なのです。
皇族すら見ることを許されない中で、真剣に神事を続けてきたというのが日本の歴史です。
松本
これらの行事で掲げられる御旗には、菊花紋と並んで八咫烏 (やたがらす。日本を建国した神武天皇を、大和の橿原まで先導したとされ、導きの神として篤い信仰がある。八咫は大きい、または長いという意味。太陽の化身で3本の足があり、天、地、人を表す) が描かれていますね。なぜ八咫烏が登場するのでしょう。
竹田
八咫烏は、日本建国のときに神武天皇を大和の地に導いた鳥です。
古来日本では、建国のときの出来事が歌を通じて伝承され、それが古事記や日本書紀に収録されています。以降、天皇の御代替わりの行事で建国の物語を再現し、それを繰り返すことで私たちの起源を後世に伝えているのです。建国に深くかかわった八咫烏もまた、ずっと国民の記憶に残るでしょう。
ちなみに、歴代天皇の御即位のときには、神武東征の戦の和歌を、そして天皇が崩御あそばされたときは、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が薨去なさる際の悲しみの歌を歌います。それが2000年以上を経た現在もずっと続いているのです。
松本
五色旗、そして高御座(たかみくら)と御張台 (天皇位、皇后位を象徴する座のこと)、同じ理由がありますね。高御座はなぜあのかたちなのでしょう。
竹田
高御座が八角形というのは、もとは中国の陰陽五行説の影響だと思います。それが日本では陰陽道となりました。陰陽道(おんみょうどう)の色彩が色濃かったのは幕末までですが、いまも残っているものがあり、そのひとつが高御座や御張台だと思います。
松本
日本は異なる文化を否定せず、ともに歩んで自分流に整えていく。それが大和の精神です。
日本と中国、韓国の宮廷文化は切っても切れない関係で、文化的にすごく距離が近い。にもかかわらず、遠い存在に感じます。だからこそこの機会に日本文化を知り、他国との文化交流に発展することを切に願います。
最後に、私たち「いやさか」(日本人が守り伝えてきた大和言葉で、本来の生命力をいきいきと発現させ、ますます栄えるという意味) という言葉を使いますね。
竹田
いやさかも君が代や万歳に通ずるものです。天皇陛下がお元気であられ、日本が栄え、そして私たちみんなお幸せにというイメージをもって「いやさか」と唱える。これは言霊ですから。すると日本そのものがまた力をもち、国民も幸せで、一人ひとりは自分らしく生きている。
これは「八絃為宇」(はっこういちう。日本書紀に神武天皇の言葉として記されたものに基づく。私たち日本人はさかのぼれば皆親戚で、日本列島は家である。だからみんなで協力して幸せになろうと説いた) という言葉をもって日本を束ねていった神武天皇の建国の精神そのものです。
松本
まさに「和」ですね。
竹田
天皇陛下が4月末に譲位なさり、新天皇陛下が御即位になります。これは祭祀の継承ということで、三種の神器を受け継ぎ、現在の天皇陛下がなさっている祈りを、今度は新天皇陛下がお引き継ぎになります。
世界ではたくさんの国ができてはつぶれを繰り返してきました。いろいろな国家統治のスタイルがあったと思います。軍事力、カリスマ性、頭脳……。
では日本の天皇はといえば、「祈り」です。
誰も見ていないところで、祈りを通じて国を束ね上げていらっしゃった。人々の心がひとつに束ねられ、国土、文化、経済などあらゆるものが強固になり、いまこうして日本という国が存在しています。これが我が国の国体なのです。
松本
あらためて日本人っていいなと思います。
決して自分一人では生きていけない、だからこそお互いを思い合い、その和の心で国家が成り立っている。国民を思って常に祈り続けてくださる天皇陛下という存在を忘れずに、私たちも生き続けていきたいです。
文:増本幸恵 / 写真:板野賢治
文中図絵:© 2007. Kyoto University Library
※本記事は、『Discover Japan』2019年4月号より、冒頭部分をカットし、一部編集して掲載しております。