《BEARD/ビアード》
雲仙の在来野菜の味をそのまま味わえるレストラン
長崎・雲仙には40年にわたり、種をつないで在来種を守ってきた農業者がいる。野菜の花が咲く彼の畑と、生命力あふれる野菜に惹かれた人たちが雲仙にやってきた。オーガニック野菜の直売所ができ、野菜が主役のレストランがオープン。いま、その小さな畑を中心に、確かなオーガニックの輪が広がっている。
今回は、野菜が美味しいという理由で東京から移住してきた原川慎一郎さんが、雲仙・小浜温泉にオープンした、野菜が主役のレストラン「BEARD/ビアード」の紹介をしよう。
「BEARD」原川さん、なぜ雲仙へ?
美味しい食の周りには、職業や地位とは関係なく人が集まって文化が生まれる。原川さんが惹かれるのはそういった場をつくることだ。かつて東京にあった原川さんの店「BEARD」もビストロ文化を牽引していた。そこでの5年間、夏は長期で休みを取り、カリフォルニア「シェ・パニース」の厨房で研修させてもらっていたのだが、そのときに総料理長だったジェローム・ワーグさんとともに、東京・神田で「ザ・ブラインド・ドンキー」を立ち上げたのが2017年だった。
シェ・パニースといえば、アリス・ウォータースが50年前につくったレストランで、いまや世界中にその名が知られている。オーガニック野菜は美味しく、地産地消であること、サステイナブルであることがいかに大切かなど、原川さんは多くを教えられたそうだ。ジェロームさんとともに全国を旅し、志をともにする生産者に出会い、物語のある食材をシンプルに料理していた。ある日、雲仙の奥津爾さんが店に来た。親しくなり、すごい農家がいるという彼の誘いで雲仙に足を運んだのが2018年の秋。そこで出会ったのが農家の岩崎政利さんだった。以来、岩崎さんの野菜に魅了され続けている。
「次の春、雲仙行きをジェロームに相談したらびっくりされました。でも誰かが何かをやりたいというのを止める気はない、だから好きに生きろと言ってくれて。頭が上がらないです」
雲仙・小浜温泉で、新「BEARD」は2021年の1月にオープンした。コースの最初に出されるのが温かな青菜のお出汁。岩崎さんが育てた野菜の端を湧き水でゆで、塩を少し加えただけ。「岩崎さんの畑は圧倒的な生命力があって、野菜は旨みが強い。種をつないでいるからこその土地の味とでもいうのかな。この出汁がすべてですよね」。
原川さんは根っからの即興料理人だ。野菜の雰囲気を見て、これは蒸したら美味しそうだとか、じっくりローストしようなどと直感で決める。同じ品種でも旬真っ盛りと旬を過ぎてしまったものでは味も食感も違うから、切り方や火の入れ方も変わる。その象徴的な料理が「在来種の根菜と青菜たち」だ。生で、さっと蒸して、じっくり焼いてなどなど、野菜がもつ味わいやテクスチャーを感性で組み立てたひと皿。ミネラル感のある自然派ワインがとてもよく合う。
なんのゆかりもない土地に移住し、一人でレストランをやる。ものすごい決断だ。「僕がここに来たのは岩崎さんの野菜が美味しいから」と原川さん。そして東京や海外の友人を雲仙に引き寄せ、岩崎さんが注目されればうれしいと。心地よい音楽が流れる陽だまりのような店で、原川さんを囲む世界からの旅人の姿が目に浮かぶ。
BEARD/ビアード
住所|長崎県雲仙市小浜町北本町2ー1
Tel|0957-74-5557
営業時間|コースのみ(要予約)木・金曜12:00、土・日曜18:00。アラカルト月曜12:00〜20:00
定休日|火・水曜、ほか不定休あり
https://www.b-e-a-r-d.com/
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text: Yukie Masumoto photo: Azusa Shigenobu
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