FOOD

《BEARD/ビアード》
雲仙の在来野菜の味をそのまま味わえるレストラン

2022.4.10
《BEARD/ビアード》<br><small>雲仙の在来野菜の味をそのまま味わえるレストラン</small>

長崎・雲仙には40年にわたり、種をつないで在来種を守ってきた農業者がいる。野菜の花が咲く彼の畑と、生命力あふれる野菜に惹かれた人たちが雲仙にやってきた。オーガニック野菜の直売所ができ、野菜が主役のレストランがオープン。いま、その小さな畑を中心に、確かなオーガニックの輪が広がっている。

今回は、野菜が美味しいという理由で東京から移住してきた原川慎一郎さんが、雲仙・小浜温泉にオープンした、野菜が主役のレストラン「BEARD/ビアード」の紹介をしよう。

「BEARD」原川さん、なぜ雲仙へ?

温泉街の、元理容室と喫茶を改装した店。友人の家に遊びに来たような親密な空気が流れている。無垢の木で、調理台も客席もフラットにつながるカウンターが軸になっていると原川さん。115㎝ある奥行きは、お客とつかず離れずの距離感がベストだそう
店の入り口には、いまにも花を咲かせようとするカリフローレ。生命力がみなぎっている

美味しい食の周りには、職業や地位とは関係なく人が集まって文化が生まれる。原川さんが惹かれるのはそういった場をつくることだ。かつて東京にあった原川さんの店「BEARD」もビストロ文化を牽引していた。そこでの5年間、夏は長期で休みを取り、カリフォルニア「シェ・パニース」の厨房で研修させてもらっていたのだが、そのときに総料理長だったジェローム・ワーグさんとともに、東京・神田で「ザ・ブラインド・ドンキー」を立ち上げたのが2017年だった。

ご近所の「湯宿 蒸気家」に、調理に使う温泉を分けてもらっている
じっくり火を入れた黒田五寸人参に岩崎ネギ、ローストしてガリッと揚げたニシユタカは肉に負けない存在感がある。長崎で育てられる仔羊は塊でローストして

シェ・パニースといえば、アリス・ウォータースが50年前につくったレストランで、いまや世界中にその名が知られている。オーガニック野菜は美味しく、地産地消であること、サステイナブルであることがいかに大切かなど、原川さんは多くを教えられたそうだ。ジェロームさんとともに全国を旅し、志をともにする生産者に出会い、物語のある食材をシンプルに料理していた。ある日、雲仙の奥津爾さんが店に来た。親しくなり、すごい農家がいるという彼の誘いで雲仙に足を運んだのが2018年の秋。そこで出会ったのが農家の岩崎政利さんだった。以来、岩崎さんの野菜に魅了され続けている。

「オーガニック直売所 タネト」で、奥津さんと。彼との出会いがあって、雲仙のいまの店がある
コースの料理で使う野菜の端っこを湧き水でゆでた「岩崎さんの青菜のお出汁」。肩の力がすっと抜けて、この土地の気が野菜を通して静かに細胞に染み入る感じ

「次の春、雲仙行きをジェロームに相談したらびっくりされました。でも誰かが何かをやりたいというのを止める気はない、だから好きに生きろと言ってくれて。頭が上がらないです」

雲仙・小浜温泉で、新「BEARD」は2021年の1月にオープンした。コースの最初に出されるのが温かな青菜のお出汁。岩崎さんが育てた野菜の端を湧き水でゆで、塩を少し加えただけ。「岩崎さんの畑は圧倒的な生命力があって、野菜は旨みが強い。種をつないでいるからこその土地の味とでもいうのかな。この出汁がすべてですよね」。

地元の平野鮮魚店で仕入れたヒラスズキを白菜で包み温泉で蒸したひと皿。スープにはいろいろな野菜のうまみが凝縮。刻んで添えたユズの塩漬けがアクセント
ワインはすべて、有機野菜と相性のいい自然派。料理ごとに「お任せ」というオーダーも。自家製酵素ジュースもおすすめ

原川さんは根っからの即興料理人だ。野菜の雰囲気を見て、これは蒸したら美味しそうだとか、じっくりローストしようなどと直感で決める。同じ品種でも旬真っ盛りと旬を過ぎてしまったものでは味も食感も違うから、切り方や火の入れ方も変わる。その象徴的な料理が「在来種の根菜と青菜たち」だ。生で、さっと蒸して、じっくり焼いてなどなど、野菜がもつ味わいやテクスチャーを感性で組み立てたひと皿。ミネラル感のある自然派ワインがとてもよく合う。

ざっくり切った四季穫キャベツ、みずみずしいはっさく、みじん切りのタマネギをボウルに入れ、菜種油で和えた即興サラダ。フェンネルシードが隠し味
目の前でブロッコリーの房を手で分け、温泉でさっと蒸し、半熟卵とともにうつわへ。韓国の市場で買ったという赤唐がらしとパプリカパウダーのソースが合う
カリフローレ、小鰯、つくしは、カレー粉を加えた衣を付けてカリッとフリット。蒸した雲仙こぶ高菜と合わせ、レモンとコリアンダーシードのソースで
食後のデザートは季節のフルーツを使う。この日は不知火(しらぬい。デコポンで知られる)のシャーベットと、不知火のはちみつ和えの盛り合わせ

なんのゆかりもない土地に移住し、一人でレストランをやる。ものすごい決断だ。「僕がここに来たのは岩崎さんの野菜が美味しいから」と原川さん。そして東京や海外の友人を雲仙に引き寄せ、岩崎さんが注目されればうれしいと。心地よい音楽が流れる陽だまりのような店で、原川さんを囲む世界からの旅人の姿が目に浮かぶ。

BEARD/ビアード
住所|長崎県雲仙市小浜町北本町2ー1
Tel|0957-74-5557
営業時間|コースのみ(要予約)木・金曜12:00、土・日曜18:00。アラカルト月曜12:00〜20:00
定休日|火・水曜、ほか不定休あり
https://www.b-e-a-r-d.com/
 

オーガニック農家が雲仙でつくる野菜
 
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text: Yukie Masumoto photo: Azusa Shigenobu
Discover Japan 2021年5月号「美味しいニッポントラベル」

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