TRADITION

新潟県《長岡まつり大花火大会》
日本最大級!100万人が感動する平和と復興のシンボル
|改めて知っておきたい日本の祭り

2022.7.20
新潟県《長岡まつり大花火大会》<br>日本最大級!100万人が感動する平和と復興のシンボル<br><small>|改めて知っておきたい日本の祭り</small>

古くから日本人の暮らしに密着し、土地の風土や文化を表す「祭り」。祭りの中には旅行客が参加できるものも多く、地域の人々と同じ体験を共有できる。また参加することで日本の文化や歴史も学べる。祭りを目的とした旅は、普通の旅行では味わえない特別な体験をもたらしてくれる。

今回紹介するのは、日本三大花火大会のひとつ「長岡まつり大花火大会」。例年100万人が来場する大規模イベントだが、その原点は慰霊と復興だった——。2022年は伝説の花火師・嘉瀬誠次さんが100歳を迎える節目の大会となる、長岡花火の歴史や魅力、花火の種類などをひも解こう。

※2022年は8月2日(火)~3日(水)にて開催。詳しくは記事の最後に記載。

そもそも花火の起源は?

歌川広重「東都名所 両国花火ノ図」 東京都立中央図書館所蔵

夏祭りの主役のひとつである花火。
もともと花火は海外からの献上品として、江戸時代のごく初期に伝来したもの。先行して渡来していた火縄銃などで、火薬取り扱いの知識や技術を身に着けた人々が日本にもいて、日本でもそれを応用するかたちで花火の歴史が始まった。

冷房がない時代、日暮れ後に外に出て風にあたるくらいしか、涼を求めるすべがなかった人々は、夜に外で楽しめる娯楽を求めていた。そこに花火がうまくはまって、夏の夜に花火で遊ぶという風習が生まれる。しかし何といっても花火は火遊び。火事を恐れて、江戸の街中での花火はしばしば取り締まりの対象となった。

そこで水辺ならよかろうと、川岸などで花火を打ち上げ、それを船や岸から眺めるスタイルが定着してくる。水辺で夏に火をともす行為は、精霊流しなどにも通じる鎮魂の意味を含み、単なる娯楽にとどまらず、お盆に帰ってくる霊を慰める行事として、花火を打ち上げるという地域も時代が進むにつれ出てきた。とはいえ、精霊流しなどに比べると音といい火の大きさといい、花火は豪華で見る人の心をウキウキさせる。夏の娯楽の王様として、より豪華で美しい花火が求められるようになるのは、当然の流れだった。当時はお金持ちが出資して花火をあげさせ、それをみんなで見物するスタイル。より高く、より美しい花火をあげて、「さすが誰々の作った花火はすごい」「誰々があげた(金を出した)花火のようなのは見たことがない」と言われたい、職人の意地とスポンサーの自己顕示欲(店の宣伝でもある)が、いい意味で花火の技術向上を進めてきた。そんな「今まで見たこともないような花火を!」という職人の意地は、現代にも脈々と受け継がれ、全国の花火師と呼ばれる、花火を製造し打ち上げる人々は、日々より美しい花火の開発に心血を注いでいる。

長岡花火の製作風景

人々の願いを乗せたダイナミックな花火

現在、全国で行われている花火大会の中でも、屈指の規模を誇るのが、信濃川河川敷で繰り広げられる「長岡まつり」こと長岡の花火大会だ。長岡まつりが始まったのは、1946(昭和21)年8月1日。その一年前、終戦直前の1945(昭和20)年同月同日に、長岡市は大規模な空襲を受け、1時間40分の間に市街地の8割が焼失、1480余名がその命を失うという悲劇に見舞われた。その魂を慰めるため、また悲しみに沈む人々を元気づけ、街の復興を誓うために催されたのが「長岡復興祭」。これがそののち1951(昭和26)年に「長岡まつり」となった。

長岡の花火大会そのものは「長岡まつり」よりも歴史が古く、1879(明治12)年千手町(※当時)にある八幡様の祭りで、350発の花火を打ち上げたのが最初と言われている。長岡の花火大会では当時最新の花火が打ち上げられることが多く、全国的に注目される花火大会になっていった。現在の長岡の花火大会は8月2日、3日(※「長岡まつり」は8月1日の平和祭から始まっている)に行われており、数々の美しい花火が打ち上げられる。

長岡花火はこの人なしでは語れない!
伝説の花火師・嘉瀬誠次

長岡の花火が名声を博す背景に立役者がいる。それが嘉瀬誠次さんだ。長岡まつり(※当時は長岡復興祭)がはじまった昭和21年から3年後の昭和24年に花火師として仕事を始めた嘉瀬さんは、長岡の花火の名物というべき正三尺玉を見事に復活させ、現在は6社で打ち上げている長岡の花火大会を、長らく彼が率いる一社で打ち上げ続けてきたという、花火界のレジェンド。10年以上前に引退した嘉瀬さんだが、現役花火師たちの彼への憧れは強い。2022年は彼が100歳を迎える年ということもあり、レジェンドへの尊敬と感謝を込めて例年以上に力の入った花火大会になるかもしれない。

花火会場の様子 photo=(一財)長岡花火財団

花火の技術向上により、豪華で趣向を凝らした花火に注目が集まりがちだが、長岡まつりでは1945(昭和20)年8月1日の空襲が始まったのと同じ時刻、午後10時半から白一色の花火を3発打ち上げ、市内の寺院では慰霊の鐘を鳴らして空襲の死者を悼むことを忘れてはならない。8月2日、3日の花火大会でも、冒頭に慰霊の花火が打ち上げられ、戦争の悲惨さを忘れず、平和を祈る行事としての意味を守り続けている。

長岡花火ラインアップ

正三尺玉(三十号)花火
長岡花火の総合技術の粋を集結した傑作。直径90㎝、重さ300㎏の巨大な玉が600ⅿ上空まで打ち上げられ、直径650ⅿもの大輪に広がる。使用する火薬量は80㎏で、現在法的に認められている最大重量
復興祈願花火フェニックス
平成16年10月23日に発生した中越大地震からの復興の祈りを込めて誕生。開花幅2㎞にもおよぶ圧倒的なスケールの超ワイドスターマインで、黄金の不死鳥が連なって空高く舞い上がる。全国からの支援への感謝と、全国の被災地への有機、世界の恒久平和への祈りを込めて打ちあがる
ミラクルスターマイン
よりいっそう趣向を凝らした豪華な花火が平成10年に誕生。数ヵ所から同時に打ち上げられ、斜めの打ち上げ、横の広がり、縦の高さなど、ほかとはひと味違う「ミラクル」な世界へと見る者を誘う。名称は同年市民などからの公募により決定
ワイドスターマイン
平成8年市制施行90周年を記念して打ち上げ。5ヵ所から同時に打ち上がる色彩鮮やかなワイドスターマインは迫力ある光のページェントだ


この空の花
長岡花火を題材にした映画「この空の花—長岡花火物語」の上映を記念して2012年に打ち上げられた。長岡市民の熱い想いを乗せた平和を願う色とりどりの花が、映画の主題曲に合わせ夜空いっぱいに満開となる

故郷はひとつ
音楽家の宇崎竜童氏と作詞家・阿木燿子氏夫婦が作曲した長岡人のイメージソング「故郷はひとつ」とともに打ち上げられる花火。市民の想いもひとつになる


天地人花火
NHK大河ドラマ『天地人』の放送を記念して2008年から登場。長岡ゆかりの武将・直江兼続の生涯を壮大なスケールで描いた芸術性の高い花火だ。最大9ヵ所から打ち上げられ、夏の夜空を光で埋め尽くす

慰霊と平和への祈り
戦争の記憶を風化させることなく、平和の尊さを次世代に伝える、長岡市民の祈りを乗せた花火

長岡まつり大花火大会
開催時期|8月2日・3日 ※2022年は8月2日(火)・3日(水)にて開催(少雨決行/荒天順延)
会場|新潟県長岡市長生橋下流信濃川河川敷周辺
アクセス|電車 JR長岡駅より徒歩約30分/車 関越自動車道長岡ICから国道8号・351号経由で約4km
Tel|0258-39-0823(一般財団法人 長岡花火財団)
https://nagaokamatsuri.com

ライタープロフィール
湊屋一子(みなとや・いちこ)

大概カイケツ Bricoleur。あえて専門を持たず、ジャンルをまたいで仕事をする執筆者。趣味が高じた落語戯作者であり、江戸庶民文化には特に詳しい。「知らない」とめったに言わない、横町のご隠居的キャラクター。

参考文献=日本の花火(筑摩書店)、日本列島花火紀行(山と渓谷社)、白菊(小学館)

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