24歳で奥州を平定した元祖・伊達男、
伊達政宗
「戦国武将名鑑」

2021.6.5
24歳で奥州を平定した元祖・伊達男、<br>伊達政宗<br><small>「戦国武将名鑑」</small>

15世紀末から16世紀末、日本は戦乱の時代。室町幕府が完全に失墜し、守護大名に代わって全国で戦国大名が勢力を増した。日本史上の中でも戦国時代は、現代においてもなお伝説的な武将が多く存在している。人気の武将を図鑑形式で紹介する「戦国武将名鑑」。今回は、24歳で奥州を平定した元祖・伊達男、伊達政宗(だて まさむね)です。

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生没年
1567~1636年

Place
出羽国(山形県南部)
Data
由来|伊達氏
改名|梵天丸→政宗
正室|愛姫
側室|飯坂局(松森御前)ほか

仙台笹

独眼竜の異名をとる政宗は、15歳で初陣を経験したのち、わずか24歳で奥州を平定するなど早熟すぎた天才であった。天下人に比肩するだけの貫録をもっていたとされ、数年生まれるのが早ければ信長と天下を争っていただろうといわれる。絢爛豪華な生活を好み、居城とした仙台城は天守こそもたなかったものの、大手門(1945年の仙台空襲で焼失)は国内最大級の城門であり、政宗の嗜好を物語る建築であった。美食家でもあり、自ら料理に腕を振るったとされており、「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理してもてなす事である」と言葉を残している。慶長遣欧使節として支倉常長をローマに送って西洋の文化を学ばせようとするなど、先進的な文化の導入に努めた一面もある。

「仁に過ぎれば弱くなる。……」

「義に過ぎれば固くなる。礼に過ぎれば諂いとなる。知に過ぎれば嘘をつく。信に過ぎれば損をする」と続く政宗の五常訓。行きすぎても足りなくてもダメ。大切なことはバランスだという教え。

年表

1567 出羽国の米沢城で生まれる
1577 元服をして伊達藤次郎政宗と名乗る
1584 家督を継ぎ、伊達家17代を継承
1585 大内領小手森城を攻め、近隣諸国への見せしめのために撫で斬りを行い、城中の者を皆殺しにする
1589 摺上原の戦いで会津の蘆名義広を破り、さらに兵を進め二階堂氏を滅ぼす
1590 豊臣秀吉による小田原征伐の際、秀吉と戦うべきか直前まで悩み遅参。しかし、秀吉に許される
1600 関ヶ原の戦い。これに従い白石城を奪還
1601 仙台城、仙台城下町の建設を開始。居城を移す
1636 江戸藩邸で病死

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宇喜多秀家

Supervision=Sunao Kawaguchi text=Ken Motoshiro illustrator=Mariya Arai, A&W
2013年2月号「武士道」

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