《国立西洋美術館》
日本で唯一のル・コルビュジエ建築
1959年に開館、2020年から約1年半の全館休館を経て、今年4月9日にリニューアル・オープンを果たした国立西洋美術館。リニューアルのポイントとともに、同館の魅力を“建築”目線でひも解きます。
日本で唯一のル・コルビュジエ建築をチェックしたい
世界遺産「国立西洋美術館」
ミュージアムを訪れるとき、展示作品と同様に着目したいのが「建築」だ。なぜなら、ミュージアム建築は名建築家が手掛けていることがしばしば。加えて美学が凝縮された一級作品だから。その最たる例が、ここ国立西洋美術館だろう。本館の設計はモダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエ。建設にあたっては彼の弟子であり日本の建築史を牽引した、坂倉準三(さかくらじゅんぞう)・前川國男(まえかわくにお)・吉阪隆正(よしざかたかまさ)が協力している。
今回リニューアルしたのは「前庭(まえにわ)」だ。きっかけは2016年、国立西洋美術館を含むル・コルビュジエの建築作品の世界遺産登録だった。その際、第40回世界遺産委員会において“ル・コルビュジエの設計による当初の前庭の設計意図が一部失われている”という指摘がなされた。1959年の開館以来、暑熱対策や美術館機能の向上を目的に、前庭の改変が行われてきたためだ。そこで、地下の企画展示室の屋上防水を更新する機会に、前庭を開館時の姿に可能な限り戻す運びとなった。
リニューアル後の前庭は、外部との連続性を感じる開放的な柵に変更。当時正門だった、噴水広場に面した西側の位置にも門を設け、『考える人(拡大作)』を起点にロダンの彫刻に順に出合いながら本館へといざなわれる動線も再現。「モデュロール」(※1)で割りつけられた床の目地(めじ)も復原した。
変わったのはハード面だけではない。「19世紀ホール」が、当面、無料開放されている。同館は、ル・コルビュジエが長年追求したアイデア「無限成長美術館」(※2)を基に設計されているが、その中核となるのが、この空間。建築と世界遺産について解説したパネル展示も更新され、ル・コルビュジエ建築の本質を学べる、よりパブリックなミュージアムへと進化を遂げた。
そもそも同館は、第二次世界大戦後フランス政府からの「松方コレクション」(※3)の寄贈返還を受けるために設立。開館時に核となったのは375点の松方コレクションだった。中には松方幸次郎がモネから直接買い付けた『睡蓮』もある。リニューアルにあたり、カミーユ・クローデル『ペルセウスとゴルゴーン』はじめ新たな収蔵品もお披露目。カルロ・ドルチ『悲しみの聖母』に使われている画材をひも解くコーナー展示も興味深い。
なお、9月19日までは、新館(設計=前川國男)にて、小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ−大成建設コレクションより」が開催中。ぜひこちらもチェックしてみてほしい。
※1 ル・コルビュジエが人体の寸法と黄金比を基に考案した尺度。同館では、柱の間隔、天井や手すりの高さなど、随所にモデュロールが採用されている
※2 巻貝のような平面構成をとることで、収蔵作品が増えても、展示室を外側に増築できるというアイデア。実現例は同館のほか、インドで2カ所のみ
※3 実業家・松方幸次郎がヨーロッパで収集した西洋美術作品
ル・コルビュジエとは?
1887〜1965年。スイスに生まれフランスを中心に活躍した建築家。合理的、機能的で明快なデザイン原理を追求し、20世紀の建築や都市計画に絶大な影響を与えた。2016年、7カ国・17の建築資産が世界遺産に登録。
改修前の前庭の様子
カラー写真が、このたびの改修工事前の国立西洋美術館の様子。植栽の有無をはじめ、彫刻作品の位置、柵の仕様などが、モノクロ写真に写された竣工当時の様子の前庭とずいぶん変わっていることが見て取れる。
ル・コルビュジエらしい「ピロティ」
ピロティとは、柱で建物を持ち上げてできた空間のことで、ル・コルビュジエ建築における重要な要素のひとつ。人も風も自由に行き来でき、開放的で気持ちのいい空間を実現している。
目線の変化や期待感をあおる
建築的工夫が満載の「19世紀ホール」
本館の中心に設けられた吹き抜けの大空間で、常設展の起点となる場所。ロダンの彫刻作品の一部とともに、ル・コルビュジエ建築の神髄を随所に見ることができる。ちなみにその名は、彼自身による命名に由来している。
中世から20世紀にかけての西洋美術が揃う
もちろん展示にも注目したい。絵画、彫刻、素描、版画、工芸など約6000の所蔵作品から、来館時に着目したい作品をご紹介。国立西洋美術館のルーツも併せて予習しよう。
※時期により非展示の場合あり
カルロ・ドルチ『悲しみの聖母』
暗い背景に、光背とともに浮かび上がる聖母マリア。マントの深い青はラピスラズリを原料に描かれている。美しくも悲痛な表情は、鑑賞者の心に、静かに深く訴えかけてくるものがある。敬虔な信仰の持ち主で、生涯聖ベネディクトゥス信者会に属していたといわれる画家、39歳の作。
クロード・モネ『睡蓮』
1899年以降、『睡蓮』の連作に没頭したモネ。晩年にかけては画面が池の水面だけで構成されることが多く、筆触・色彩は当初の印象主義的な手法とは異なる表現がされている。晩年の連作の中でも、秀作といえる一作。
ジョン・エヴァレット・ミレイ『狼の巣穴』
グランドピアノを狼の巣穴に見立てて遊ぶ、画家の4人の子どもたちを描いたファンシー・ピクチャー。同じく旧松方コレクションである『あひるの子』と合わせ、国立西洋美術館が所蔵するミレイ作品は2点。
カミーユ・クローデル『ペルセウスとゴルゴーン』
近代フランス彫刻史で重要な位置を占める女性彫刻家。本作はオーギュスト・ロダンとの長きにわたる師弟関係(を超えた関係)にピリオドを打った後の過渡期の作品。ゴルゴーンの生首は作者自身ともいわれている。
国立西洋美術館
住所|東京都台東区上野公園7-7
Tel|050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間|9:30〜17:30、金・土曜〜20:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日|月曜(祝日の場合は翌日休)、ほか臨時休館日あり
料金|常設展500円、企画展は別途
施設|ショップ、カフェ
https://www.nmwa.go.jp/jp/
text: Discover Japan photo: The National Museum of Western Art, Tokyo
Discover Japan 2022年9月号「ワクワクさせるミュージアム!/完全保存版ミュージアムガイド55」