オーガニック直売所《タネト》
長崎県雲仙の農家と消費者をつなぐ場所
長崎・雲仙には40年にわたり、種をつないで在来種を守ってきた農業者がいる。野菜の花が咲く彼の畑と、生命力あふれる野菜に惹かれた人たちが雲仙にやってきた。オーガニック野菜の直売所ができ、野菜が主役のレストランがオープン。いま、その小さな畑を中心に、確かなオーガニックの輪が広がっている。
今回は、近隣の農家が育てるオーガニック農作物、良質な調味料や加工品が揃う、オーガニック直売所「タネト」が食堂を備え、地域住民のよりどころであり、在来種野菜を継ぐ拠点を訪れた。
雲仙の食の豊かさにワクワクする
奥津さんが雲仙に来て7年目となる2019年の秋、「オーガニック直売所 タネト」がオープンした。ここに並ぶオーガニック農作物は、岩崎さんをはじめ、奥津さんが声を掛けた20軒もの農家から届けられる。農家の約半数は家庭菜園の延長のような規模だというからほほ笑ましい。ほとんどの農作物は車で20分圏内の畑で育つもので、多い時期は70種類にもなる。その一つひとつに生産者の名前が記され、手書きの説明が添えてある。最近は「種を蒔くデザイン展」を主宰し、その一環として、店ではプラスチックフリーを実践。ビニールの袋で個包装するのをやめて、根菜は土の上にじかに置き、葉野菜は水を張った羊羹船に立てるなど工夫を重ねている。
奥津さんが雲仙に来た頃は、地元で有機野菜を買う場所がなかったそうだ。「岩崎さんの野菜に惹かれて引っ越してきたのに、彼の野菜が買えなくて。ほかの有機野菜も個人には売ってもらえない。東京の馴染みの店に注文したら、長崎産とか佐賀産の野菜が送られてきて笑いました」。雲仙には素晴らしい有機農家がたくさんいるのに、彼らがつくる農作物のほとんどは大都市へ送られ、地元で買えない構造になっていたのだ。
生産者にとっては売り場がない状況でもある。大手流通にのせて大都市へ送られる野菜はA級品に限られ、それなりの量や安定的な供給が求められる。岩崎さんの野菜でさえ、販売先のキャンセルでその多くが畑に鋤き込まれた年もあるという。在来種野菜は天候に左右されやすく、近頃の異常気象ではベテランも苦戦していると聞く。「オーガニックの直売所をはじめるときはずいぶん反対されました。でもやってみたら、こういう野菜を求めている人はいるし、人知れず有機野菜をつくっている農業者さんがいるのです」。
馴染みのない在来種野菜を食べてもらい、売れ残った野菜や出荷しにくい野菜を料理として生かしたい。そんな思いから直売所には食堂を併設し、ランチプレートを提供。東京時代からずっと料理に携わってきた奥津典子さんが思いを込めてつくっている。
典子さんの言葉にはっとした。「東京では常にA級品の有機野菜が揃い、日本列島の北から南から最旬のものがありました。でもここでは、本当の旬はとても短く、毎日味が変わることに気づかされます。A級品とは言えず、かといって廃棄するには惜しい野菜もたくさん」。だからランチプレートは毎日替わる。旬を過ぎてしまった野菜も美味しく食べられる工夫がなされ、地味な在来種野菜をあえて使う。雲仙の有機野菜の畑のありようがこのひと皿に表れ、食べて元気になる。
タネトは生産者と消費者をつなぐ場であり、同時に、在来種野菜を受け継ぐ拠点にもなっている。種を採る農業は「花の農業」だと言う奥津さん。多様性を大切にする岩崎さんのような農業はここでしか見られない。そこで奥津さんは、岩崎さんの技術と哲学を次世代につなぐために若手農家たちと勉強会を行い、畑での実習とその様子をオンデマンドで届ける「雲仙たねの学校」をはじめた。岩崎さんの支持者は全国に広がっている。
この直売所ができ、BEARDの原川さんが来てくれて、輪がつながりだしたと奥津さん。「でもまだこんなもんじゃない。日本中の人が、世界の人たちが雲仙を目指すようになりますよ」。美味しいオーガニックの輪は雲仙から日本各地に、そして世界へと羽ばたいていくだろう。
「オーガニック直売所 タネト」
の美味しいイチ押し
食品以外もおすすめあります!
オーガニック直売所 タネト
住所|長崎県雲仙市千々石町丙2138-1
Tel|0957-37-2238
営業時間|10:00〜16:00、土・日曜〜18:00
定休日|水曜
https://www.organic-base.com/info/taneto_start/
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text: Yukie Masumoto photo: Azusa Shigenobu
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