NHKの連続テレビ小説『おむすび』
制作統括・宇佐川隆史さんへインタビュー!
|なぜいま、 お米なのですか?
米の代名詞でもある「おむすび」をタイトルにした〝朝ドラ〟の仕掛け人である制作統括・宇佐川隆史に、食を通じて伝えたいテーマをたずねた。
宇佐川 隆史(うさがわ たかし)
1978年、福岡県生まれ。2002年にNHKに入局。ドキュメンタリー制作を経てドラマ部門へ。テレビ好きゆえ、自分が観てみたい番組をつくるのがモットー。朝ドラでは、『半分、青い。』で演出を担当した
「今回のテーマは、〝食べることは未来をつくること〟」
まずは、通称〝朝ドラ〟の111作目にあたる『おむすび』が誕生した経緯を。制作統括の宇佐川隆史さんは、数々のテレビドラマを世に送り出してきた根本ノンジ氏が脚本家に決まったところから、何度もディスカッションを重ねてきたという。
「お互いに食べることが好きなので、今回は食の話をしようと。懸念したのは、100作を超える朝ドラでは何度も食をテーマにしてきたことです。その中で、時代背景が戦争前後の作品では、〝食べることは生きること〟がテーマに寄り添っていました。しかし現代に近づくにつれ食べ物は豊富になり、昔とは異なる問題が出てきた。そんな令和の時代に食をテーマに選ぶなら、もう一歩踏み込まなければなりませんでした。そこで出会ったのが、栄養士です」
それは、番組開始時に高校1年生だった主人公・米田結が、やがて到達する職業となる。
「コンビニのサラダにはじまり、社食や入院中の食事など、我々が接する多くのメニューを管理しているのは栄養士です。言うまでもなく栄養士は、食を通じた健康管理、強いて言えば私たちの未来まで考える仕事を請け負っているわけですよね。それだけの責務を担っているのに、表にはなかなか出てきません。であれば、派手なアクションはないかもしれない栄養士の日常を丁寧に描くことで、いま伝えるべき物語がつくれる確信を得たのです。そうして生まれた今回のテーマが、“食べることは未来をつくること”です」
なぜいま、 お米なのですか?
朝ドラにおいて物語の鍵を握る不可欠な要素が、主人公が生まれ育つ場所。海と山に恵まれた福岡・糸島との出合いにも、偶然とは思えない縁があった。
「糸島は、年間で約40億円の販売高を上げる農畜産物直売所があるほど、一次産業に力を入れている地域です。さらに調べてみたら、実はアジアから米が伝来する際の経由地のひとつでした。そんな歴史もドラマの土台を固めてくれます。福岡市出身の私には、幼い頃おばあちゃんと糸島で海水浴をした思い出があるので、個人的にも縁の深さを感じました」
さて、『おむすび』というタイトルを提案したのは、根本氏だったそうだ。宇佐川さんは、奇をてらわない朝ドラらしい素直な印象を受けたという。しかしこのタイトルには、ドラマの核心に迫る深い意味が込められていた。
「根本さんに聞かれたんです。『おむすびの日』が1月17日であることを知っているかと。それは阪神・淡路大震災が起こった日で、1995年の当日に避難所へ駆け込んだ人たちに、近所の方々がおむすびを届けたことに由来しているのだそうです。食の大切さを伝えるのに、これ以上ないエピソードでした。今回の作品が放送中の2025年1月17日で、震災から30年の節目を迎えるんですね。それもあってタイトルは、我々がつくりたいものをまっすぐ伝えてくれるものになりました」
「お米は、日本人のアイデンティティそのもの」
ドラマがはじまった当初は、朝ドラの意表を突くギャルの登場に翻弄されながら、ひたすら平穏な日々を願う主人公の姿が描かれていた。また、家族が兵庫・神戸から父の実家の糸島に越してきたタイミングも、「9年前のあの日」という表現で震災が起きた1995年を暗示していた。これらはすべて、物語の密度を高める伏線だったという。
「10月最終週、当時は神戸に住んでいた主人公が、被災した夜に避難所で見知らぬ人からおむすびを受け取る大事なシーンが放送されました。実際に被災した方々がおむすびを手渡されたときも、どれだけうれしかったかがわかります。お米は、日本人のアイデンティティそのものなんです。それは食事というより、安心と心の余裕を生み出す栄養になったのではないでしょうか。この感覚は、阪神・淡路以降の甚大な自然災害を経験された人々も共感していただけると思います。そして結は、そのおむすび体験を経て、今度は自分なりのおむすびを人に分け与えていく栄養士へと成長していきます」
最後にこんな質問をしてみた。宇佐川さんが一番好きなおむすびの具は?「迷わず梅。特にすっきり目を覚ましたい朝食なら、梅は必ず選びます。おばあちゃんが漬けた梅干しが大好きだった記憶による選択ですね」
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放送日|月~土曜8:00~8:15(NHK総合)ほか
※土曜は1週間の振り返り
https://nhk.jp/omusubi
text: Tonao Tamura photo: Kansuke Ihara(一部)
Discover Japan 2024年12月号「米と魚」