TRADITION

天下布武を貫いた革命児、
織田信長
「戦国武将名鑑」

2021.5.8
天下布武を貫いた革命児、<br>織田信長<br><small>「戦国武将名鑑」</small>

15世紀末から16世紀末、日本は戦乱の時代。室町幕府が完全に失墜し、守護大名に代わって全国で戦国大名が勢力を増した。日本史上の中でも戦国時代は、現代においてもなお伝説的な武将が多く存在している。人気の武将を図鑑形式で紹介する「戦国武将名鑑」。今回は、天下布武を貫いた戦国乱世の革命児、織田信長(おだのぶなが)です。

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生没年
1534~1582年

Place
尾張国(愛知県西部)
Data
由来|織田氏
改名|吉法師(幼名)→上総介信長
正室|帰蝶(濃姫)
側室|生駒吉乃、お鍋の方ほか

織田木瓜

信長は、日本史上屈指の英雄の一人といっても過言ではないだろう。旧勢力と衝突し、比叡山を焼き討ちにするなど短気で冷淡な性格とされるが、時代の先を見据えた先見性で、戦闘のスタイルはもちろん、文化、経済など多方面に影響を与えた空前絶後の人物であった。新しいもの好きであり、南蛮文化を積極的に導入した。とりわけ、鉄砲をいち早く取り入れた戦法では、騎馬戦が主流だった戦闘スタイルに変革をもたらした。天下布武の拠点として築き上げた安土城は天守を備えた壮大な規模で、天皇を迎える御殿もあったとされ、楽市・楽座令を出して自由に商売ができるようにしたため城下は大いに繁栄したといわれている。天下を掌握したかにみえた信長だったが、家臣の明智光秀に攻められて本能寺の変で自害。49歳だった。

「いつの時代も
変わり者が世の中を変える」

「異端者を受け入れる器量が武将には必要である」と続く。信長自身も変わり者であったし、信長の家臣から秀吉をはじめとして多数の人材が輩出された事実からも、信長の器量の大きさがうかがえる。

年表

1534 尾張国に生まれる
1546 古渡城で元服し、上総介信長と称する
1548 斎藤道三の娘・帰蝶(濃姫)と政略結婚
1551年頃 家督を相続。尾張国の統一着手
1555 本拠地を清洲城に移す
1559 100名ほどの軍勢を引き連れて上洛。室町幕府第13代将軍・足利義輝に謁見
1560 桶狭間の戦いで今川義元に勝利
1567 「天下布武」の朱印を使用しはじめる。本格的に天下統一を目指すようになったと思われる
1568 将軍家嫡流の足利義昭を奉戴し、上洛を開始
1570 近江国姉川河原で徳川軍とともに浅井・朝倉連合軍と対峙。勝利する(姉川の戦い)
1573 足利義昭を京から追放する
1575 長篠の戦いに勝利
1576 安土城を築く
1582 本能寺の変で自刃

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Supervision=Sunao Kawaguchi text=Ken Motoshiro illustrator=Mariya Arai, A&W
2013年2月号「武士道」

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