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新政酒造・佐藤祐輔さんが手掛けた、
自然を守り、伝統をつなぐ酒造り。

2021.2.6
新政酒造・佐藤祐輔さんが手掛けた、<br>自然を守り、伝統をつなぐ酒造り。
今期の造りから5本の木桶が加わり、合計38本の木桶で酒造りを行う。この木のニュアンスは、新政の酒質に不可欠なピースだ

一貫した哲学の下に酒造りを行い、業界を牽引する新政酒造。そのモダンな酒質を生み出しているのは、造造り、木桶仕込みといった、酒造りにおける伝統製法です。

日本の伝統文化と地域性を尊ぶ酒造り

土蔵の仕込み蔵にずらりと並ぶ木桶。日本酒1500年の歴史の中で、最も長く使われてきた醸造用の容器が木桶だ。しかし戦後は琺瑯タンクが出現。木桶で酒造りする蔵は激減の一途をたどった。この伝統製法を再び掘り起こし、微生物の力に頼る「生酛造り」で酒を醸しているのが新政酒造だ。効率を追い求め、均質化しやすい科学的手法に頼っていては、日本酒は伝統文化とはいえなくなるのではないか——。そんな想いの下、新政酒造は2014年から生酛純米蔵としてかじを切る。

酒造りに使用する原料米は全量秋田県産。トレーサビリティが確保できる原料しか蔵への出入りは許されない。ブランド米をわざわざ他県から仕入れる酒造りよりも、地元の米で風土を醸すことに価値を見出してきた。’16年には秋田市内の山間農村である地区に田んぼを入手。初年度はおよそ5haからスタートした田んぼを、地元農家との信頼関係を築きながら拡大し、鵜養全体を「酒米の郷」としてブランディングしている。日本の伝統文化と地域性を尊ぶ酒造りこそが、本物への探求を続ける新政酒造の姿である。

すべては、伝統文化をつなぐため

新政酒造には木製の設備が多い。伝統を守る木への回帰は、自社圃場における無農薬栽培にもつながる。

今期の酒造りから麹米の洗米は手洗いに転換

新政酒造は現蔵元の佐藤祐輔さんが入社した翌年の2008年から現在まで、さまざまな改革を実行してきた。使用酵母を自社発祥の6号酵母のみに、普通酒と速醸酒母の撤廃、圃場の保有と原料米の無農薬化、木桶の導入……、それらはすべて酒造りの伝統を掘り下げ、伝統的な造りを実践するためのアプローチであった。

実践する酒造りの伝統製法のひとつが生酛造りだ。醸造における発酵のスターターとなる酒母は生酛系と速醸系に分類される。業界では約9割の蔵が安定醸造を求めて速醸系酒母を使っているが、新政酒造では手間と技術力を要する生酛に特化。生酛造りは天然の乳酸菌を育てることが特徴で、江戸時代に確立された奇跡的な技術だったが、速醸製法が開発されると急速に衰退した。生酛における乳酸菌の働き(特に酸を生み出して雑菌を抑制する効果)を、酸味料を入れることで単純に模倣した「速醸」製法が主流になってしまったからだ。生酛造りという伝統を保護すべく、新政酒造は生酛本来の姿やその高いポテンシャルを表現するためのトライ&エラーを繰り返してきた。そうして生酛造りのレベルを高めてきた結果、現在は生酛造りに挑戦するフォロワー蔵も増えた。

生酛造りだけではない。新政の考えに共感し、木桶仕込みに挑戦する蔵も増えている。木桶を使うことで、木に棲む菌(乳酸菌や酵母)が影響を及ぼし、より複雑な発酵が行われる。つまり、その蔵ならではの個性的な酒ができる。佐藤さんは「自社圃場における無農薬栽培を含め、新政の取り組みは酒造りにまつわる伝統保護」だと言う。

新政が生み出す複雑かつ甘酸のバランスが取れた個性的な酒質は、メディアや飲食店、著名なソムリエなどが高く評価してきた。しかし、蔵元自ら酒質に言及することは少ない。味よりも、醸す酒の本質や、背景を大切にしているからだ。本物に見せかけた偽物が氾濫する時代だからこそ、新政は日本酒を定義し直そうとしている。今期の酒造りからは洗米工程で手洗いをスタート。さらなる伝統製法への回帰により、酒造りの原点から学びを深め、本物の日本酒とは何かを追求している。

伝統製法

蒸米では木製の蒸籠(せいろ)を使用
製麹は手間のかかる蓋麹(ふたこうじ)を採用。「蓋麹のほうが圧倒的に麹の出来がいいから」と全量導入を即決
酛摺(もとすり)工程は新政スタイルといわれたポリ袋を撤廃し、今年から半切桶を導入

6号酵母

酵母とは、アルコール発酵に欠かせない菌類の一種。現在、日本酒を造るのに適した清酒酵母は数多く存在するが、新政酒造では1930年に自蔵で採取された「6号酵母」に特化した酒造りを実践している。6号酵母は低温発酵を可能にした超優良酵母だ。

自社圃場と林業

秋田市にある鵜養地区に自社圃場を保有。「酒米の郷」にすべく、地元農家にも協力を仰ぎ、無農薬栽培を実現。現在、酒米の範囲は23haにも及ぶ。また、秋田杉の伐採を行い、木桶づくりを行う自社工房の建造にも着手。日本の原風景ともいえる美しい景観を守っていく。

古関弘さん

無農薬栽培を成功させた酒米責任者は前醸造責任者の古関弘さん。現在の新政を率いるのは若き杜氏・植松誠人さん。「私はプロデューサータイプ。私のアイディアを現場で具現化してくれる有能な人材なくして新政の酒は造れません」と佐藤さん。

植松誠人さん(右)

新政酒造、原点に還る理由

原点回帰が何を意味するのか。新政酒造の取り組み、そして将来の展望について、8代目蔵元の佐藤祐輔さんに話を聞いた。

佐藤祐輔(さとう・ゆうすけ)
新政酒造8代目蔵元。東京大学卒業後、ジャーナリストとしてのキャリアをスタート。家業を継ぐことを決意してからは、先人たちの叡智の結晶である酒造りに真正面から対峙し、真の日本酒文化を根づかせるために尽力している

これから取り組むのは
農業と酒造りの一体化

——圧巻の木桶蔵が間もなく完成し、2021年は合計38本の木桶で酒造りをすることになります。そもそも新政酒造が木桶を採用している一番の理由はどこにあるのでしょうか?

佐藤 江戸期は、木桶で酒造りをしていたわけですからね。日本酒は木で造っていた時代が長かったので、そこがオリジナルなんだろうという考え方です。伝統的な飲み物だから、伝統的なやり方というものを尊重したいという想いは昔からありました。あとは何となくですが、うちのお酒にフィットするだろうという感覚もありました。実際にやってみたら、木桶感があったほうが複雑味が増して、新政らしい酒に仕上がるんですよね。生酛造りや無農薬米など、ほかの伝統製法との相性もいいと思います。

——木桶の導入だけではなく、使用酵母を自社発祥の6号酵母のみに、全量生酛造りへの転換や、自社圃場の保有と原料米の無農薬化など、さまざまな改革を実施してきましたよね。

佐藤 駄目ならやめればいいわけですからね。理屈から言って、長年受け継がれてきた技術は間違いないと思うんです。木桶を導入する際も周囲から反対や疑問の声がありました。でも酒質に対するリスクはないと僕は信じていました。製麹に蓋麹を使用したり、洗米に手洗いを導入することは、出品酒を造るときだけやっている蔵は多いんですよ。つまり、そうした手間をかけることは、いいことなんです。それならすべてそうするべき、というのが私の考え方です。

——自社圃場での無農薬栽培が拡大しています。なぜ無農薬にこだわっているのでしょうか?

佐藤 当蔵が実践している生酛造りは、添加物が入っていない酒造り。それなのに原料米に薬物を使っているのは、ポリシーに反するなと。一貫性がないじゃないですか。日本酒は玄米を磨いて造るので農薬の影響はありませんが、工程の中に用いられているのは好きじゃない。だから無農薬の米を増やしていきたいんです。あとは、やっぱり味もいいんですよね。熟成にも向きます。無農薬ということは化学肥料も与えていないので、稲が自分で身体を守る必要があり、腐敗につながる余計な要素が少ないんです。農薬も化学肥料も、もともとは存在しなかったもの。伝統製法を実践する蔵としては原料米を無農薬にするのは当然なことなんです。さらに、無農薬栽培をはじめたら鵜養に蛍が戻り、環境もよくなってきました。鵜養の美しい風景を汚したくないという気持ちもありますね。

——無農薬栽培の酒米は、原料としては優秀なのでしょうか?

佐藤 はい。最高のものを造るには一番いい原料を使わないと駄目なんですよね。山田錦を使うとかそういう意味ではなくて、その土地でつくれる最高の米を使うこと。鵜養で育つ無農薬の酒米は、秋田の中でも最高級の原料だと胸を張って言えますね。

——ご自身が掲げる理想の酒蔵の姿に、いまは何%くらい近づいていますか?

佐藤 何かやるたびに事件が起こるので、いまがどのフェーズなのかさっぱりわからないですね(笑)。ただ、将来的に鵜養に小さな蔵をつくりたいという構想はあります。この鵜養という場所が、農業と酒造りを一体化させたモデルになればいいなと。

——佐藤祐輔さんのゴールとは?

佐藤 すべての酒を、無農薬栽培の米で醸すことですね。それが、最高の米を使って酒造りをすることになるので。難しいことですけど、一歩一歩やっていけば、実現できると思っています」。

No.6 X-type:Essence 2019 (右)
唯一の定番生酒「No.6」の最上級モデル。精米歩合40%の米を用い、6号酵母の清楚にして力強い存在感を鮮やかに感じ取れる。
価格|4074円/720㎖
原料米|秋田県産酒造好適米
精米歩合|40%
日本酒度|非公開
酸度|非公開
アルコール度数|14度(原酒)

秋櫻 2019 –Cosmos– (中)
秋田の酒米の個性を表現するシリーズ「Colors」の中で、秋田ではじめて生まれた酒造用好適米「改良信交」を使った一本。
価格|2480円/720㎖
原料米|改良信交
精米歩合|55%
日本酒度|非公開
酸度|非公開
アルコール度数|14度(原酒)

涅槃龜 第7世代 (左)
江戸時代の酒のエッセンスを現代に蘇らすべく、低精米で醸造した木桶純米酒。吟醸造りの技術の粋を凝らし、エレガントさも表現。
価格|1890円/720㎖
原料米|酒こまち(減農薬)
精米歩合|90%
日本酒度|非公開
酸度|非公開
アルコール度数|14度(原酒)

6号酵母の発祥蔵。木製の蒸籠や蓋麹を導入するなど設備の天然素材化が進む

新政酒造
住所|秋田県秋田市大町6-2-35
Tel|018-823-6407
年間生産量|非公開
www.aramasa.jp

text: Nobuhiko Mabuchi photo: Norihito Suzuki
Discover Japan 2021年1月 特集「温泉と酒。」

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