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「とおの屋 要」遠野の自家製発酵料理
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

2019.12.30
「とおの屋 要」遠野の自家製発酵料理<br class=“none” />犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
味噌漬けの味噌も色づけ、味つけに再利用
“芋さらとサラミ3種”。ジャガイモ(右上)はカットせず丸ごと登場。見た目はジャガイモそのもの。カットすると三升漬け(3種の野菜の味噌漬け)を混ぜたクリームチーズが詰まっている。サラミも自家製

どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。第7回は遠野の発酵料理を味わえるオーベルジュ「とおの屋 要」を紹介する。

いぬかい・ゆみこ
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員。

遠野の風を伝える
米から造るどぶろく

田んぼまで車で10分。佐々木さんは、遠野三山のひとつ六角牛山の水を引き込んだ驚鹿の田んぼで遠野1号という米をよみがえらせた。無農薬・無肥料でつくる米は、最初のうちは収穫も思うようにはいかなかったが、10年かけて納得できる結果に。「今後は若手にこのノウハウを継いでもらいたい」。日本酒とどぶろくの最も大きな違いは、日本酒はもろみを固体と液体に分ける作業があり、どぶろくはそれがない。米そのものを味わう日本の酒がどぶろくなのだ。

いま、料理の世界で注目されているのが「発酵」、「熟成」という調理法。日本では昔から自然に取り入れられていた技術だ。岩手県遠野にあるオーベルジュ「とおの屋 要」のオーナー・佐々木要太郎氏は、17年前、どぶろく醸造免許を得るため、勉強しはじめた。

そしてあることに気づいた。世界の酒の中で、日本酒とどぶろくだけが並行複発酵。どぶろくは日本でも忘れられた存在だが、佐々木さんはそこに注目し、どぶろく造りに本腰を入れた。なんと、原料となる米から造りはじめたのだ。はじめて造ったどぶろくはすごく「まずい」出来栄えで、その後も試行錯誤の連続。満足できる仕上がりまで10年以上かかった。

「どぶろく」
万葉集にも出てくる、日本の伝統的な酒。「米、米麹、水」を発酵させて造る。ほんのり甘いのが特徴。麹菌がデンプンをブドウ糖に変えると同時に、そのブドウ糖がアルコールに変わる工程が同じタンクの中で起こる「並行複発酵」で造られる。この製法は日本酒、どぶろくだけ。日本酒は濾す工程を経るので、澄んだ酒=清酒になるが、どぶろくは濾さないので濁酒と呼ばれる。佐々木さんが造るどぶろくは3種類。「スタンダード」は蒸し米と麹と水を混ぜ、乳酸を添加して発酵させたもの。「生酛」は天然由来の酵母で発酵させる正統派。「水もと」は佐々木さんが酒造教本から拾い出した言葉で、どんな製法かの記述はない。その成り立ちを調べ、想像力を働かせ造り上げた、ある意味、佐々木オリジナルだ。どれも、どぶろくの「田舎くさい」というイメージを覆す、エレガントな仕上がりく田んぼでは農作業、蔵ではどぶろく造り、オーベルジュでは料理。その活躍振りに思わぬところから声がかった。美食の街・スペインのサンセバスチャンにある料理専門大学から発酵について講義をしてほしいと相談が舞い込む。また、2015年からはスペインと香港に輸出を開始。2017年からはスペインを代表する二つ星レストラン「ムガリッツ」で佐々木さんのどぶろくをコースに採用。「どぶろくなら、世界で戦える!」という佐々木さんの予測は、見事現実のものとなった。

ひいばあちゃんから伝承
遠野の食べ物語り

フィッシュアンドチップス。遠野の早池峰山の清流に生息する天然のヤマメ。素揚げにして、竹籠に盛りつけて登場。その表情、生き生きした造形は、穏やかな風景の遠野の別の顔を見せる

「とおの屋 要」の魅力はどぶろくだけではない。佐々木さんがどぶろく造りから得た発酵の知識を生かした料理はここだけ。「調理の基礎は、民宿を営んでいる父の下で学びました。でも、いまのようなスタイルになったのは、オーベルジュ『とおの屋 要』を出した2011年からです」。ベースは日本料理だが、和でも洋でもない、どこか懐かしく不思議な料理だ。

たとえば、ある日のアミューズ、「芋さらとサラミ3種」。ジャガイモそのものがコロンと皿にのって登場。しかし、中には自家製のクリームチーズに郷土料理の三升漬け(ニンジン、大根、ゴボウの三種の味噌漬け)を混ぜたあんが入っている。さらに、ジャガイモの色づけと味つけに三升漬けの味噌が再利用されている。

柿・牡蠣フライ。干し柿の中身はフキ。甘い柿とほろ苦いフキが揚げることでコクが出る。オイスターソースは白菜と大根、生牡蠣を炊飯米で発酵させたもの。牡蠣の風味を生かした深い味わいは、日本人が考えたとは思えない

遠野に伝わる味が、ポテトサラダという誰もが知っているかたちに変化し、シェフの味覚と経験で仕上げられている。添えられたサラミも遠野豚と遠野の経産牛を使い、ウイキョウ、燻製、実山椒とそれぞれ変化のある風味が楽しめる。このひと皿は何気なくつくられているように見えるが、一つひとつそれぞれ違う時間経過を経て完成している。

「フィッシュアンドチップス」が登場したときは、驚かされた。歯をむき出したヤマメの強烈な表情は、野性味あふれる“遠野”の別の顔だ。ネギの芽と干したニンジンのチップスを添えてフィッシュアンドチップスとは、なるほど!

遠野豚のなれ寿司、帆立の肝のソース
通常は魚でつくるなれずしで豚を使った佐々木さんのなれずし。ホタテの肝とヒモで約10カ月発酵させたソースで味わう。ほうれん草とリンゴチップス、シナモンも絶妙

「柿・牡蠣フライ」は干し柿のフライにオイスターソース。ネーミングで料理を考えているのでは? と思いきや、このソースは白菜、大根、生牡蠣を炊飯米で発酵させたもの。

そしていまや佐々木さんのシグニチャーメニューとして知られる「遠野豚のなれ寿司」。なれずしといえば、魚を塩と米で乳酸発酵させた保存食。それを、遠野豚の前足とどぶろくの原料米である遠野1号とで10カ月発酵させたのが豚のなれずし。ソースはホタテの肝とヒモからつくったもの。

遠野1号玄米リゾット風
遠野1号は昭和初期に開発された冷害に強い品種。どぶろくのために佐々木さんがよみがえらせた米だ。その玄米をリゾット風に炊き、ビンテージカラスミ(2009年と2018年)で風味づけ。どこかイタリアンな香り

佐々木さんの話には、「ひいばあちゃんから聞いた話なんですが」、「ひいばあちゃんがよくやっていたのが」など「ひいばあちゃん」の登場回数がとても多い。

「いまのように情報にあふれた時代と違って、日常生活の中で折に触れ生きる知恵を伝承することが年配者の役目でした。その教えはいまも僕の中で大きなアドバイスになっているんです」。山を見て天気の変化を知り、田畑の状態で収穫を予想する。料理には直接関係なくても、回り回って「遠野」の歴史、風土を味わう基礎になる。「遠野物語」はいまも脈々と受け継がれている。

とおの屋 要(とおのや・よう)
住所:岩手県遠野市材木町2-17
Tel:0198-62-7557※完全予約制
料金:4000円、7500円、1万4000円(すべて税・サ別)
宿泊の場合は1泊2食付2万4000円(1室2名利用1名料金)
http://tonoya-yo.com

文=犬養裕美子 写真=前田宗晃
2019年8月号 特集「120%夏旅。」


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