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新潟・越後妻有「大地の芸術祭 2022」
総合ディレクター・北川フラム氏に聞いた、
アートの力で地域の魅力を掘り起こす秘訣とは?

2022.7.2
新潟・越後妻有「大地の芸術祭 2022」<br><small>総合ディレクター・北川フラム氏に聞いた、<br>アートの力で地域の魅力を掘り起こす秘訣とは?</small>
photo: Nakamura Osamu

世界有数の豪雪地帯として知られる新潟県の越後妻有(えちごつまり)エリア。過疎高齢化の課題を抱えていたこの地は、2000年より開催されている世界最大級の国際芸術祭「大地の芸術祭」によって世界中から注目を集める場所となった。4月29日から開催されている第8回を取材し、アートを道しるべに里山をめぐることで風土・文化を体感する旅の魅力を探る――。

過疎が進む越後妻有が「芸術祭の里」として世界に名を馳せた。この地の可能性を引き出した人、地域、それぞれにその真意をうかがった。

大地の芸術祭とは・・・
「人間は自然に内包される」をコンセプトに、国内外の著名なアーティストと地域住民が協働し、210の常設・既存作品に加えて、新作・新展開作品が123点追加。約760㎢にわたる広大な6つのエリアで11月13日(日)まで開催される。

越後妻有 大地の芸術祭 総合ディレクター
北川フラムさん
1946年、新潟県高田市(現・上越市)生まれ。アートディレクター。展覧会や演劇などの企画・制作に携わり、1982年にアートフロントギャラリーを設立。「大地の芸術祭」のほか、「瀬戸内国際芸術祭」などの総合ディレクターも務める。

参加アーティストそれぞれの
“故郷への思い”が色濃く表現されています

2000年からスタートした「大地の芸術祭」の準備段階から現在に至るまで、総合ディレクターとしてかかわり続けているアートディレクター・北川フラムさん。行政や地域住民、アーティスト、サポーターなどへ芸術祭の意義やアートがもつ力を発信し続け、現在の基盤を築いた人物だ。’22年、これまでの芸術祭をさらに“深化”させた見どころや新作が登場。中でも芸術祭の核となる3つのスポットと、注目ポイントを語ってもらった。

「今回の芸術祭の中心となるのは『越後妻有里山現代美術館 MonET』、『まつだい農舞台』、『松代城山』です。まず、’03年に人々の交流の場として誕生し、’12年からは一部を現代美術館として活用してきた『キナーレ』を全面的に現代美術館へと改修し、名称もMonETと変更しました」

展示作品も大きく入れ替え、名和晃平さん、目[mé]、ニコラ・ダロさんの新作が並ぶ。同建築の象徴でもあるレアンドロ・エルリッヒさんの『Palimpsest:空の池』の上では、中谷芙二子さんの“霧”の彫刻作品が展開され、さらにその作品を舞台にダンサー・田中泯さんが踊るという。

「この3スポットには、イリヤ&エミリア・カバコフさんの新作が7点加わります。コロナによるパンデミックが起こった際、こういうときこそアーティストはさまざまに考え、準備をするべきだと彼らは語りました。城山に築かれた『手をたずさえる塔』は、あらゆる違いを超えて皆が手を携える世界を望んだ作品。塔上で光るモニュメントは、世界や地域の心模様を色で反映させています。現在は1日おきに青と黄の光を点していますが、これは現ウクライナのドニプロで生まれ、旧ソ連時代のロシアで過ごしたカバコフ夫妻から寄せられた希望です」

また、ウクライナのキーウを活動拠点にしていたジャンナ・カディロワさんの作品も急遽MonETに展示することが決まった。

「ロシア軍の侵攻を受け作品をつくる状態ではなかったようですが、疎開先の小川で見つけた丸い石をパンに見立てたオブジェをつくった。その作品を展示します」

’21年に逝去したクリスチャン・ボルタンスキーさんも、初年度から芸術祭に参加してきた主要なアーティスト。十日町市の松之山の森には、彼の最後の新作『森の精』も展示される。

「パンデミック以降、葬式は親族だけで行われています。そこでボルタンスキーさんをはじめ、芸術祭と深くかかわり、’20~’22年の間に旅立った12人の作家をしのぶメモリアル展覧会を開催します」

ところで「大地の芸術祭」に展示される作品は、その「土地」の特性を生かしたような作品であることに気づく来訪者も多いはず。

「ここは世界有数の豪雪地帯。そんな場所を先人は日本一の米処にしてきたんです。それらの固有文化が生まれた土地とは何なのか? アーティストはこの土地で何を感じるか? が作品のベースになっています。来訪者にはそれらを五感で感じてもらいたいです」

実際に現地を訪れれば、都会ではめぐり合えない里山の風景に触れ、風やその匂いを感じ、作品を堪能し、郷土料理に舌鼓を打つ。なんだか懐かしさが込み上げてくる。

「50年くらい前までは多くの人が越後妻有のような世界で暮らしていた。遺伝子に残っているから、懐かしいと感じるんです。一流アーティストがこの芸術祭に参加するのも同じ理由です。いまは都会に住んでいても、故郷や親族が暮らすのは過疎が進んだ地域だったりする。だからこの場所をおもしろがってくれるし、作品にもそれぞれの“故郷への思い”が色濃く表現されているんです」

作品とその土地の思いをより感じてもらうために、ツアーへの参加を勧める北川さん。

「地元のサポーターが、作品だけでなく地域の歴史や風土なども解説します。都会とは文化の異なる場所で、知らないものを見て、地元の人と話し、郷土料理を食べる。アンケートの結果でも、最終的に皆が喜びを感じているのはこれらなんです。ツアーでは越後妻有のすべてを体験できますよ」

北川フラムさん的見どころスポット&ツアー

越後妻有里山現代美術館 MonET /十日町エリア
芸術祭の基幹施設。アーティストグッズが購入できるミュージアムショップやシアターも設置
photo:Kioku Keizo
まつだい「農舞台」/松代エリア
雪国農耕文化やアートを体験するフィールドミュージアム。屋内外にカバコフ作品を多数展示
photo:Nakamura Osamu
ウクライナ出身作家 ジャンナ・カディロワの新作『パリャヌィツャ』
ウクライナ語で「丸パン」の意。平穏な日々を失った作家の作品への願いとは
Photo:Ivan Sautkin

大地の芸術祭2000-2022
追悼メモリアルシリーズ

会期中に全12回開催される追悼メモリアル展覧会のツアーを開催。北川さんがアーティストとの思い出や作品を語りしのぶ

ビジュアルポスターの歴史
2012年以降、この地で生きる人々や風景を被写体としたビジュアルに。近年表れた力強いうねりは「越後妻有の躍動感」を表す

越後妻有に人が続々集結!
「大地の芸術祭」これまでの歩み

作品を設置する場所のほとんどが誰かの所有地。そこにアートを置かせてもらうのは困難の連続だった。

「地元住民にはそれぞれの事情や都合がある。それを超えていくのは本当に大変でした。準備期間の4年半、2000回にも及ぶ対話を重ね、作品が完成し、地元の方にお見せする。そこにサポーターや観光客が入る。そこで生まれる“交流”がまたいいんです」

その様子は赤ちゃんを皆で育てていく過程と同じだと話す。

「手間はかかるし、うまくいかないことも多い。けれど隣人が『まあまあ』とケアしてくれる。そのような働きがアートにも起こるんです。現代美術とは無縁だった田舎で、芸術祭をつくる過程に派生するいろんな大変さが、この地域に元気を与え、原動力になるんです」

その芸術祭を大きく支えるサポーター「こへび隊」の半数近くはアジアを中心とした外国人だという。

「条件がいいとはいえない場所で、困難とともに生まれた芸術祭であることを、彼らは直感的に感じ、おもしろいと思ってくれる。だから共通の課題をもつ自身の故郷でもやってみたいという気持ちになるのかと。実際に中国や台湾では独自の『大地の芸術祭』が行われています。『大地の芸術祭』という名が“固有名詞”からある思想に基づいた“普通名詞”になりつつあると感じています」と笑いながら話す北川さん。地域の課題を糧とした「大地の芸術祭」が、地域活性の原動力となる仕組みとして、世界中に増えていくことを願う。

「大地の芸術祭」開催地に聞く。
新潟県十日町市の昔といま、何が変わりましたか?

越後妻有を構成する自治体のひとつ、十日町市。芸術祭による変化について、十日町市文化観光課長の樋口さんに話をうかがった。

きっかけは里山の魅力と人による革命的感動体験

「十日町市はもともとイベント中心の行政だったんですよ」と話すのは、十日町市文化観光課の樋口正彰さん。毎年短期のイベントを開催しては県内外から観光集客を図っていたという。そして2000年、1日では回りきれない広大なエリアでの展示にもかかわらず、長期にわたり多くの来訪者を集める「大地の芸術祭」がスタートし、同市の観光の概念を変えた。

新潟県が芸術祭を行うと決めた際、前例のない「アートを使った町おこし」に地域住民は猛反対。そんな中、総合ディレクターの北川フラムさんが幾度も地域に入り、行政や住民に説明会を行ったことで、賛同者は少しずつ増えていったという。

開催を重ねるごとに来訪者数は伸び、この事実に対して樋口さんは「十日町市の一番の魅力は、手つかずの自然や懐かしい里山の風景にあります。そこに突如現れるアート作品との出合いや驚きは、美術館では体験できないもの。来訪者へ作品の説明に加え、その土地の歴史などもお伝えすると、とても喜ばれます」と語る。

来訪者との交流の中で、地元住民の意識にもさらなる変化が。当初は猛反対だった住民がガイドを名乗り出るようになった。地域の当たり前は誰かの感動につながるという体験が住民の心を動かした。また、知られざる十日町市の魅力に気づいた人がその感動体験を広めようとサポーターに。こうした相乗効果が、来訪者数、ふるさと納税、交流人口の増加につながったのだろう。同市における「地域おこし協力隊」の志願者も増え、3年の任期が終わっても約7割がそのまま定住。国内でもトップクラスの定着率を誇っている。

ツアーガイドや作品管理、農作業に至るまで、芸術祭をさまざまにサポートする「こへび隊」は、首都圏や海外の学生・社会人が中心。会期中の延べ活動人数は2000人を超えることも多く、2018年の隊員の約半数は外国人だった。さらに2021年度の時点では十日町市に定住する外国人は292世帯に増加。芸術祭開催以降、地域にさまざまな人や文化が加わり刺激や活力を与えている。

「清津峡渓谷トンネルをはじめ、芸術祭をきっかけに通年でお客さまが訪れる施設が整ってきました。今後はリピーターの増加につながる施策を増やしたい。観光業者・地域住民の力も借りながら交流の場や機会をつくる“交流行政”に変えていきたいと考えています」。十日町市はアートの力で、外から地域を見た客観的視点を理解し、次のステージへと歩みはじめていた。

数字でわかる大地の芸術祭

2018年の第7回目の会期中における入込者数は約54万人と、初年度の約16万人に比べ3倍以上。また、第6回目の約51万人と比較しても3万人上回る結果となった
観光で芸術祭を訪れた際に地域や住民との交流に惹かれ「こへび隊」に応募する人が多数。1日参加の人もいれば、宿舎に寝泊まりし、長期にわたって活動する人も
この数字は2018年会期中の「こへび隊」延べ活動人数に対しての外国人の延べ活動人数。ほぼ半数が外国人スタッフであることがわかる。国は台湾、香港、中国から参加する人が多い

 

≫「大地の芸術祭 2022」をめぐる

 

出典:大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2000~2018総括報告書、統計書「統計でみる十日町市(令和3年度版)」

text: Kiyoko Hayashi photo: Kazuhiko Iwahori
Discover Japan 2022年6月号「アートでめぐる里山。/新潟・越後妻有”大地の芸術祭”をまるごと楽しむ!」

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