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クリスチャン・ボルタンスキーが語る豊島の魅力とは?【前編】

2019.8.8
クリスチャン・ボルタンスキーが語る豊島の魅力とは?【前編】
クリスチャン・ボルタンスキー
1944年、フランス生まれ。人の「生と死」をテーマに作品制作を続ける。高松宮殿下記念世界文化賞受賞。写真は「Lifetime」展「アニミタス(白)」の前で
写真:山平敦史

瀬戸内国際芸術祭に第1回から参加する世界的アーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーさんに2回にわたりインタビューした、《クリスチャン・ボルタンスキーが語る豊島の魅力》。前編の今回は、豊島だからこそ形にできた作品『心臓音のアーカイブ』について語る。

豊島で一番高い、壇山の展望台から瀬戸内海を望む。棚田や民家の風景に、左中ほどに見えるのが、建築家・西沢立衛氏とアーティスト・内藤礼氏による豊島美術館

瀬戸内海に浮かぶ人口800人余りの島を世界のTESHIMAに変えた立役者の一人は、間違いなくこの人だ。クリスチャン・ボルタンスキーさん。※現在、東京・国立新美術館では50年にわたる芸術家人生を概観する回顧展「Lifetime」が開かれている。会場は構成を自らが手掛け、展示スペースを「ひとつの作品」として見せる壮大なもの。現代美術の巨人。フランスを代表するアーティストだ。
※注:2019年当時です。

ボルタンスキーさんは言う。「豊島は私にとってこれ以上もなく完璧なところ。私の人生で最も幸福な時間が流れた場所です。私の作品が島に存在していることをとてもうれしく思っています」。日本を訪れるときはできる限り、豊島や直島に足を延ばすそう。これまで豊島には15回ほど訪れた。ただ、自分自身の喜びのために。訪れるたびに幸せな気持ちになる。

2008年からプロジェクトがはじまり、瀬戸内国際芸術祭2010に出品して以降、豊島に恒久展示されている『心臓音のアーカイブ』には、世界中の人たちから心臓音がこの小さな島へと送られてきた。TESHIMAの名前は氏の試みとともに世界各地で語られている。心臓の音は人がこの世に生きた、掛け替えのない証し。ある人にとっては愛する人の、ある人の場合は自分自身の心臓音が海のそばの小さな美術館に収まる。人々は鼓動に思いをはせながら、世界各国から豊島を目指すのだ。

『心臓音のアーカイブ』を展示する小屋は、唐櫃の王子が浜に立つ。穏やかに波が打ち寄せる白浜に骨をうずめることさえ希望するほど、ボルタンスキーさんは豊島に心を寄せる
クリスチャン・ボルタンスキー『心臓音のアーカイブ』
写真:久家靖秀

豊島は風景が何より美しい、とボルタンスキーさん。「青い海と白い浜、豊かな緑の風景の中に芸術作品が完全に統合されます。そこにアートがあるのが必然であるように、芸術作品との間に直接的で、自然な関係が生まれます」。もちろん豊島で一番美しいのは、豊島美術館ですが……とチャーミングな回答を付け加えることも忘れない。「私が人生で見た中で最も美しい芸術作品だと思います」とも。

昔ながらの豊島の景色を蘇らせ、棚田に溶け込むようにして立つ美術館は、氏が話すようにそれ自体がまさにアートだ。散策路をゆっくりと歩いていき、建物の内部に入って内藤礼さんの作品『母型』に対面するとき、ボルタンスキーさんが自身の作品について語るのと同じような、「沈思黙考」のひとときが流れるだろう。

豊島の散策ではこんな猫との出合いも。堂々たる姿は唐櫃地区を支配する主

ボルタンスキーさんの『心臓音のアーカイブ』、2016年に新たに加えられた『ささやきの森』は、豊島美術館と同じ、島の北東部、唐櫃地区にある。高松港から高速船に乗って豊島へ。ふたつの作品は陸地から離れた島だからこそ、アイデアをかたちにできたとボルタンスキーさんは話す。海を行き、島にたどり着くまでの航路。そして唐櫃の小さな港から『心臓音のアーカイブ』へ至るまでの小道。

「アーカイブを上ったところにある神社もすてきだし、アーカイブから見える岬も素晴らしいですよ」。氏の作品を目指して自分自身と向き合いながら過ごす、作品にたどり着くまでのすべてがアートの一部だ。込められた思いを胸に刻みながら、一歩、一歩、踏みしめ歩けば、作品との出合いもまた異なるものになるはずだ。
 

クリスチャン・ボルタンスキーが語った
豊島の魅力とは?

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《クリスチャン・ボルタンスキーが語る豊島の魅力》
前編|島の風景とアートが自然に融合している。
後編|調和と静けさ、野生と神秘。自然とアート。すべてが一つになる。

文=森 聖加 写真=西岡 潔
2019年8月号 特集「120%夏旅。」

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