ART

小松美羽をアーティストに開花させた恩人。
塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)~第1章~

2020.9.4
小松美羽をアーティストに開花させた恩人。<br>塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)~第1章~
小松さんが「アート強化合宿」と呼ぶ、NYをめぐったときの様子。小松さんは、塩原将志さんの誘いに対して即答。この経験をきっかけに、彼女は次の階段へ上っていくことになる

「決断力と行動力は、アーティストとしての大切な要素」

ニューヨークは、戦後美術の取り扱い総額が世界のマーケットシェアの4割を占めるアートマーケットの中心地、そして、私が日動画廊の社員として1989年~1991年の3年間駐在した、アートディーラーとしてのキャリアの礎となった街です。

いまでも、毎年3月に開催されるアートフェア「THE ARMORY SHOW、 5月の「Frieze New York」、5月と11月の各オークションハウスのイブニングセールには必ず足を運びますし、それ以外の時期であっても、見たい美術館や画廊での展覧会や個展、興味のあるアーティストへのスタジオビジット、取引での交渉と、ニューヨークには年間を通して足繁く通っています。

特に3月、5月、11月は、上記のアートフェアに出店する画廊や来場者、オークション参加者など、世界中から多くの美術関係者がこの街を訪れます。それに合わせて各ギャラリーも、野球でいうならクリーンアップの打者である自社の看板アーティストや期待の新人、注目のアーティストの個展や興味深い企画を揃えて私たちを出迎えてくれます。もちろん、美術館の常設展や企画展が充実していることは言うに及びません。

これらの時期にニューヨークを訪れると、なぜここがアートマーケットの中心地とされ、またART CAPITAL(芸術都市)と呼ばれるのかが実感でき、日本のアートマーケットとのスケールの違いを思い知らされます。

2009年頃よりメディアに多数出演。その美貌から「美しすぎる銅版画家」と称されることも多かったが、小松さんの中では戸惑いもあったようだ

さて、ニューヨークというと、私は、ひとりのアーティストとのエピソードを思い出します。

それは2010年のことでした。かつてスキー競技をしていたときの先輩から、高橋紀成という興味深い人物を紹介されました。その高橋さんがプロデュースしているアーティストが、女子美術大学短期大学部を卒業して間もない小松美羽さんでした。
そのころの小松さんは「美しすぎる銅版画家」として一部で話題になっていたようですが、彼女はそれには満足せず、次に自分に必要な何かを探していました。

その姿を見て、私は14歳の夏、はじめて渡欧し参加したスキーのトレーニングキャンプの経験を思い出しました。世界各地から選ばれて集まったスキーレーサーの滑りに刺激を受けたのはもちろんですが、なにより、ヨーロッパでは真夏でも氷河の上で、私がいままで滑ったことのない長いコースを整った環境下で練習できるという、圧倒的な違いに愕然としました。そうした環境に身を置くことではじめて、自分に何が足りないか、これから何をすべきかが明確になり、スキー競技に挑む覚悟ができたのです。

同じように、彼女が世界のトップアーティストの作品の前に立ち、制作の現場を訪れ、圧倒的な環境の違いを目の当たりにしたとき、自ら必要なことを見つけられるかもしれない、と私は考えました。2011年11月、このときの出張はスケジュールに少し余裕があったので、小松さんに「ニューヨークのアートシーンを見るべきだよ」と誘ってみました。それまでも、私のところに相談にきて「アートの現場を見てみたい」という方はたくさんいらっしゃいましたが、「では、行きますか?」とお誘いしても、実際に現地まで来る方はほとんどいませんでした。もちろん、お客さまが同行するときや予定が詰まっている場合は誘うことはなく、ましてや何年もかけて築いてきたネットワークや商売の手の内を見せるのは抵抗があります。ですからお客さま以外は、一度お誘いして実現しなければ、それはなかったご縁とし二度はお誘いしません。

そうした経験がありますから、小松さんも口先だけだろうと思っていたのですが、彼女がすかさず「借金しても行きます」と即答したのには少し驚きました。決断力と行動力はアーティストとしての大切な資質です。また、創作活動への強い意思はそれで充分伝わり、現地で落ち合うことになりました。

NYで現代アートの場を知り、オークションで現実を見た小松さん。3日間で訪れたギャラリーのDMは、100枚以上に及んだ

出向いたニューヨークで小松さんが目の当たりにしたのは、当時の彼女は名前すら知らなかった世界有数の大画廊、はじめて知るアーティストと作品のスケールとクオリティ、そしてアーティストの世界観を見せる展示方法、その価値を伝えるスタッフのプロフェッショナルな仕事でした。また、プライマリーマーケットとセカンダリーマーケットの違いと役割も明確にわからずに見たであろうオークション会場では、作品が信じられないような金額で取り引きされていきました。後に『アートのお値段』(原題:『THE PRICE OF EVERYTHING』)という映画が公開されましたが、そこに登場するような世界的なアートのプレイヤーたちが実際に目の前にいることにも刺激を受けたことでしょう。美術館に行けば、美術史上の名品の数々を、ゆっくり何度でも見ることができる充実した常設展示がありました。これらの作品がもし日本の美術館に来たならば、入口から長蛇の列、会場でもトコロテン状態で鑑賞することになるでしょう。

私がこのとき、彼女に伝えたのは以下のようなことでした。

まず、この街ではアートマーケットの7つのプレーヤー(第二章にて解説) がそれぞれプロフェッショナルな仕事をして共に価値を創造しています。そして、若いアーティストでも美大生でも子どもでも、この環境をいつでも享受できるのです。しかし、そうであるがゆえに目の肥えた情報を多くもった鑑賞者やコレクターの要求は高く、批評は厳しい。そして何においても当然競争も激しいのだということ。

そして、美術館には西洋美術史が刻まれていて、アーティストはその作品を通して歴史と対峙することを求められます。これらの名品の中にあなたの作品を一緒に展示したら、客観的に見てどう映るだろうか? いずれは、ここをあなたの作品が飾られる場所としなければならないんだと。

あるいは、大画廊の契約アーティストになるならば、その大きなスペースを自分の作品で埋めて、常に新作を発表し続け、スペースとスタッフが維持できる利益を出す作品が要求されます。展開力がないがゆえに同じようなことを繰り返したり、グランドデザインが貧困だったりすると鑑賞者に見捨てられてしまうのです。
オークション会場で競売の参加者や落札者は、その作品に何らかの価値を見出して対価を支払います。その金額で取り引きされる作品には、必ず高額になる理由がある。それが、ただ投機やお金持ちの道楽だから、とする凡庸な考えではなく、彼らがどこにその価値を見出しているか考えることが重要です。なぜなら、自分がいなくなっても作品は生き続け、一人歩きするからです。

これらをすべて伝えたうえで、「アーティストとして何をすべきか?」を考えたらいいとアドバイスしました。

つくりたい想いや表現に見合う技法を選び取るのがアーティスト

話ははじめてお会いしたときに戻りますが、「美しすぎる銅版画家」という言葉には、実をいえば「アート、なめてんのか!」とかなり苛立ったものです。「美しすぎる◯◯」というのは当時テレビや雑誌などで使われていたようですが、それをアーティストに対して使うのは間違っています。つまり、「美しい」という評価がアーティストの容姿に対してなされており、作品に対しての評価ではないからです。もし仮に「美しすぎる銅版画をつくっている人」の意味だったとしても、美術品なのだから「美しい」のは当たり前のことです。

ピカソやウォーホルはその旺盛な制作意欲からひとつの技法に留まらず、生涯において素描も絵画も彫刻も版画も、ウォーホルは写真や映像作品も制作しました。本来、アーティストとは彼らのようにつくりたい想いや表現が先にあって、それに見合う技法を選びとっていくものです。

それなのに、若いうちから凹版画の技法のひとつでしかない銅版画家としてこぢんまりと纏めようとするのはいかがなものか、本人がその気になればどんな技法にも挑戦すればいいと思ったからです。

このときのニューヨークでの経験は、彼女の著書『世界のなかで自分の役割を見つけること』(ダイヤモンド社)で自身が回想しているように、その後の活動に大きな影響を与えたとのことです。銅版画からタブロー(キャンバス)へと可能性を広げたことは、そのもっとも大きい変化でしょう。

最近はアジア、特に中華圏で評価を得はじめたアーティストになってきました。これから彼女が生み出す作品に期待しています。

「食ったものしか、出てこない」と言いますが、自らが「見て」、「感じて」、「学ぶ」ことで、身体に取り入れた知識と経験が、技術を伴って作品となります。

いまでは、もう誰も彼女を「美しすぎる銅版画家」と呼ぶことはできない。

塩原将志(しおばら・まさし)さん
アート・ディーラー。1987年、日動画廊入社。ギャラリー日動ニューヨークINC.代表を務めた後、タグボート創始時期よりアドバイザーとして参画。2004年、アート・オフィス・シオバラを設立

 

第2章「アートの価値は、人がつくるもの」

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小松美羽の「大和力」に影響を与えた恩人たち
1|塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)第1章第2章第3章
2|齋藤峰明(シーナリーインターナショナル代表)
3|Luca Gentile Canal Marcante(アートコレクター/起業家)
4|JJ Lin(シンガーソングライター)
5|手島佑郎 Jacob Y Teshima(ヘブライ文学博士)
6|加藤洋平(知性発達学者)
7|飛鷹全法(高野山高祖院住職)

小松美羽さんが裏表紙を飾るDiscover Japan10月号もチェック!

Discover Japan10月号では、巻頭特集で小松美羽さんを特集しています。
宗教や伝統工芸など、日本の文化と現代アートを融合させ、力強い表現力で、神獣をテーマとした作品を発表してきた現代アーティスト・小松美羽さんの、すべてが本書に詰まっています。

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text=Masashi Shiobara photo=提供
2020年10月号「新しい日本の旅スタイルはじまる。/特別企画 小松美羽」


≫日本仏教三大霊山 高野山、比叡山、身延山へ。祈りのアーティスト・小松美羽がめぐる旅(前編)

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