TRADITION

香りの歴史〈飛鳥~奈良時代②〉
神聖な祈りの香りと伝説の香木・蘭奢待

2025.5.2
香りの歴史<small>〈飛鳥~奈良時代②〉<br>神聖な祈りの香りと伝説の香木・蘭奢待</small>

日本は1400年以上の歴史をもつ香り大国。インドから中国へ、そして朝鮮半島へと渡った仏教の教義とともに日本へ持ち込まれた香り。飛鳥~奈良時代では新たなる信仰を尊び、祈りの香り文化をもたらした。飛鳥~奈良時代の香り文化とは?

監修=稲坂良弘(いなさか よしひろ)
「日本香堂ホールディングス」特別顧問、脚本家・演出家。
1575年に京都で創業の「香十」前代表。香の伝道師として知られ、『香と日本人』など著書や講演・講座も多数。

≪前の記事を読む

仏教ではお香で邪を払い
空間や人心を清め読経する

欽明天皇の子、用明天皇は仏教の繁栄に貢献した人物だ。仏教へ帰依した用明天皇が病で死期迫る日々を迎える中、祈りをもって仏にお香を供えたのが若き聖徳太子だという。仏教を擁護する立場で摂政となった聖徳太子は、香りの知識も当然有していたのだ。

当時は、沈香や白檀などの香木や漢方生薬を刻み合わせて、祈りや信仰のお香に使っていた。

仏のお香を焚く仏具「柄香炉」
円形の香炉の台座に柄を付けた道具。仏にお香を供える際、経典を薫じ、自身を清めるために用いた。柄の先端が鵲(かささぎ)の尾に似ることから鵲尾(じゃくび)形柄香炉と呼ばれ、その様式は中国の六朝時代に完成したとされる
「赤銅柄香炉 第2号」/正倉院正倉蔵

蘇我蝦夷そがのえみしが僧侶に経を読ませ、香炉を手に刻んだお香を焚いて雨乞いの祈祷をした逸話が『日本書紀』に描かれている。また仏教寺院では、いまと同じく本堂前に置かれる空薫そらだきや仏前の香炉にお香を焚く供香くこうを行っていた。

香りによって空間や人心を清めて邪を払って読経する。芳香とともに立ち上る香煙に、現世と仏の世をつなぐ道を見ていたことであろう。

さらにお香を細かく粉末にして、手や身体に塗り込み身を清める「塗香ずこう」も行われていた。いまでも法要前に塗香を手に取りお清めとして使われている。

奈良時代に渡来した唐の高僧・鑑真は、日本の香り文化にも大きな影響を与えた人物だ。5度の渡航失敗やそれによる失明に負けず多くの仏典とともに香木や漢方生薬を携えて来日する。朝廷をはじめ多くの貴族は、豊かな学識をもつ鑑真に帰依した。鑑真は教義を広める中で、香料を調合する技術も人々にもたらしたといわれている。この香料を調合する技が、平安時代の香り文化へとつながっていく。

伝説の香木・蘭奢待らんじゃたいとは?

「黄熟香」/正倉院正倉蔵

この時代における香りの話の締めとして、誰もが一度は耳にしたことがある「蘭奢待」に触れておきたい。仏教文化を広めた聖武天皇の崩御後、光明皇后が東大寺へとさまざまな遺愛の品々を奉献した。東大寺では、それらを寺宝として正倉院に収めて封印をする。太刀、琵琶、袈裟とともに、香木のひとつとして蘭奢待が収められたといわれている。

しかし伝来や出自などは一切不明だ。長らく正倉院に眠っていた蘭奢待は、香り文化の高まりを受けて衆目を集めはじめた。武家が力をもつ時代に入ると、時の為政者に関心を抱かせる存在となっていく。この先、時代の転換期に権力の象徴としての役目をもって登場し、伝説化していくことになるのだ。

line

〈この時代のキーパーソン〉
欽明きんめい天皇(在位539~571年)
第29代天皇。在位中に百済の聖明王より仏教が公的に伝えられた。仏教の導入を相談したことにより、臣下の蘇我氏と物部氏が対立。蘇我氏の勝利で仏教が広まった。

用明ようめい天皇(在位585~587年)
第31代天皇。欽明天皇を父として蘇我氏系の母をもつ。また聖徳太子の父でもある。はじめて仏教に帰依した天皇であり、その後の仏教繁栄に貢献したといわれている。

推古天皇(在位592~628年)
第33代天皇。欽明天皇の娘。日本史上最初の女帝とされる。甥である摂政役の聖徳太子と政を行う。初の遣隋使を派遣。大陸文化を取り入れ仏教興隆を国家政策として成し遂げた。

聖徳太子(生574~没622年)
推古天皇を摂政として支え天皇を中心とした中央集権国家へと導く。厩戸皇子とも呼ばれ、さまざまな伝説が残る人物。仏教を篤く信仰し、自らも後世に太子信仰と尊崇の対象となった。

鑑真がんじん(生688~没763年)
唐代の高僧。日本律宗の開祖で唐招提寺を建立。五度の渡航の失敗を経て来日。不屈の精神に多くの僧や高官が帰依。香料や生薬を調合する「合香(あわせこう)」を伝えたとも。

光明皇后(生702~没760年)
第45代聖武天皇の后。仏教に深く帰依した聖武天皇を支えた。聖武天皇の死後、香木をはじめ多くの遺品を追善供養に奉献。現在もその多くが正倉院に御物として伝えられている。

 

〈平安時代①〉
平安貴族の香り文化「薫物」とは?

 
≫次の記事を読む

 

text: Yukiko Mori illustration: Takayuki Ino
2025年5月号「世界を魅了するニッポンの香り」

奈良のオススメ記事

関連するテーマの人気記事