TRADITION

奈良から日本のバー文化を押し上げる
「LAMP BAR」

2020.5.11
<b>奈良から日本のバー文化を押し上げる<br>「LAMP BAR」
『LAMP BAR』のカウンター。金子さんとともに働くバーテンダーの安中良史さんは、「WORLD CLASS 2017」のジャパンファイナルでベスト10に残った経験をもつ

初代神武天皇が宮を造られ、日本建国の地とされている奈良県。連載《はじまりの奈良》では、日本のはじまりとも言える奈良にゆかりのものや日本文化について、その専門家に話を聞く。ただ酒を味わうだけでなく、酒の文化などさまざまな出合いがあるバー。“世界一のバーテンダー”に輝いた金子道人さんに、日本のバー文化について話を伺った。

金子さんが考案したウイスキーベースのカクテル「カラーレス」。奈良県産の廃材を加工したコースターを使用する

「WORLD CLASS(ワールドクラス)」は、「Raising the Bar(世界中のバー文化と価値を高め、バーを通してお酒の素晴らしさをお客に伝える)」をコンセプトに、世界一のバーテンダーを決める大会だ。2009年にはじまり、いまや世界最大級の大会になっている。

2015年、54カ国から約2万人が参加したこの大会のグローバルファイナルで、日本人が世界一の称号をつかんだ。奈良県奈良市のバー「LAMP BAR(ランプバー)」の店主・金子道人さんだ。

金子さんはこう振り返る。「実は当時、僕は海外経験が豊富だったわけではなく、英語はろくに話せませんでした。しかもこの年の1月に当店の新築移転をし、当時の従業員は僕一人という状況で、2月に日本での一次予選、4月に二次予選があったんです。仕事をしながら予選のためのオリジナルカクテルも考えないといけないというハードスケジュールで(笑)。でも、人生のチャンスや流れは、自分に都合のいいタイミングでは訪れないものです。どんな状態でもすぐにできるようにしておくのがチャンスをつかむ方法だと思い、しんどくてもやってきたチャンスをつかもう、と挑戦しました」。

休む暇もなく入念な準備をして取り組んだ結果、金子さんは日本代表に選ばれ、南アフリカで開催されるグローバルファイナルへ。合計6種目の競技が行われ、総合優勝の栄誉を獲得した。金子さんのユーモアと驚きを兼ね備えたプレゼンテーションが評価されたという。

たとえば、10分で10杯の異なるカクテルをつくる種目では、通訳者の分も含めた12杯をつくり、乾杯をする余裕すらあったそうだ。「もともとは緊張しやすいタイプで手が震えるほどだったのですが、忙しさのあまり、二次予選のときから緊張するエネルギーさえなく、暗記したことだけではなくアドリブも話せるようになっていました」と金子さんは笑う。

大会後、世界中から注目されるようになり金子さんの人生は一変する。優勝者はこの大会のコンセプトを体現するバーテンダーの代表として、世界各地でレクチャーなどを行うのだ。翌年からこれまでに、渡航は60回を数えるという。

国内外の活動の中で金子さんは、海外の動向や日本の立ち位置などをより理解していった。「世界中のバーテンダーたちは直接会って情報交換をしているのに対して、日本のバーテンダーは新しい材料や技法を知らないことが多いと気づきました。『アジアのベストバー50』には、日本のバーは5店舗ほどが入っただけで、シンガポールのバーが多いんです。日本のバー業界の人が挑戦して動いていかないとバー後進国になってしまうのではと危惧しています」。

その一方、日本や奈良がもつ食文化や技術の素晴らしさにもあらためて気づかされた。「これらは外国人には伝わりにくいので、“文化の翻訳”をすることが重要です。相手の国によって視点を変えて言い換えたり、うつわやメニューなどを工夫したりして物語や理由を伝えるといいと思います」。

いま、金子さんは奈良から世界へ発信する酒として、新商品を開発中だ。「奈良には歴史はもちろん、あらゆる文化があります。それに、バーのレベルも高いんです。過去10回の『WORLD CLASS』のうち、奈良のバーテンダーがベスト10に8回も入っています。バー同士の仲もいいです。奈良から、日本のバー文化を押し上げていけたらいいなと思っています」。

企画協力=三浦雅之 編集=中森葉月 文=小久保よしの
写真=都甲ユウタ 写真提供=金子道人
2020年5月号 特集「日本人は何を食べてきたの?」


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