TRADITION

お酒の神様が宿る三輪山と酒の歴史
はじまりの奈良

2020.7.1
お酒の神様が宿る三輪山と酒の歴史<br>はじまりの奈良

初代神武天皇が宮を造られ、日本建国の地とされている奈良県。連載《はじまりの奈良》では、日本のはじまりとも言える奈良にゆかりのものや日本文化について、その専門家に話を聞いていきます。今回は奈良県桜井市三輪に現存する唯一の酒蔵「今西酒造」の今西将之さんに、三輪と日本の酒文化の歴史について伺いました。

活日神社は大神神社の摂社。大神神社の拝殿から山の辺の道を北に歩き、石段を上がるとある。高橋活日命は杜氏の祖神として醸造関係者から信仰されている。「醸造安全祈願祭」では、巫女が高橋の和歌でつくられた神楽「うま酒みわの舞」を舞う

奈良県桜井市にある大神神社は、日本最古の神社のひとつといわれている。その理由は、祭神である大物主大神が拝殿と隣接した三輪山に鎮まるため、通常の神社にある本殿がなく、三輪山に直接祈りを捧げることにある。その様子が、神社の社殿が成立する以前の原初の神祀りをそのまま表しているからだ。

三輪山には杉や檜などの大樹が育っている。特に杉は大神神社のご神木。『万葉集』などの歌集で詠われ「三輪の神杉」として神聖視された。その後、大物主大神の霊威が宿る杉の枝を酒屋の看板とする風習が生まれ、三輪山の杉葉でつくられた杉玉が酒造りや商売繁盛のシンボルになり、全国各地の酒蔵の軒先に飾られるようになった。三輪は、杉玉の発祥の地でもあるのだ。

この三輪の地に現存する唯一の酒蔵が「今西酒造」だ。第14代当主の今西将之さんは、「三輪山には酒や商売の神さまが宿っていて、その英気でつくったものが杉玉のはじまりです。杉玉の色は、酒の熟成度を表します。新酒ができた頃は青々としていて、秋頃にだんだん茶色になっていきます」と説明する。

大神神社の大杉玉は直径が約1.5m、重さは約200㎏もある。杉葉を集めてつくる杉玉は、冬に酒蔵や酒屋などの軒先に吊るされ、新酒ができたことを知らせる合図になる

大神神社では、毎年11月14日に新酒の醸造の安全を祈る「醸造安全祈願祭(酒まつり)」が行われ、全国の酒造家・杜氏・酒造関係者が参列する。拝殿と祈祷殿に取り付けられている大杉玉は前日の13日に青々としたものに取り替えられ、大杉玉と同時期につくられた杉玉がここ三輪から全国の酒蔵や酒屋へ届けられる。「全国の杉玉の下に吊るされている札を見ると『三輪明神・しるしの杉玉』と書かれています」と今西さん。

ところで、大物主大神は産業や治病、交通、航海、縁結びなど世の中の幸福を増す人間生活の守護神といわれているが、酒造りの神としても敬われているのはなぜだろう。今西さんはこう話す。

「大神神社の境内に、世界で唯一の杜氏の神さまを祀る活日神社があります。祀られているのは、高橋活日命という実在した最古の杜氏です。『日本書紀』には、第10代・崇神天皇は国中で疫病がはやっていたとき、夢で大物主大神から『天皇の子孫を祭主にし、酒を奉納しなさい』と言われ、酒造りの名人だった高橋に酒を造らせて奉納しました。すると疫病は去ったそうです。高橋活日命は『これは私ではなく、大物主大神が醸された神酒です』と詠んだと伝えられています」。

こうして大物主大神は酒造りの神として敬われるようになり、三輪の地は美酒を生む酒処として知られていく。

ちなみに、これらの酒はすべてどぶろくのことを指している。この後に、奈良県奈良市にある正暦寺が清酒発祥の地となり、それが大阪府伊丹を経由して全国へと広がっていく。日本酒のストーリーの根源は三輪の地にあるのだ。

その昔、「神」という字は「みわ」と呼ばれていたという。酒は神のためにあり、神は三輪であるとされていたからだ。

酒の神、杜氏の神が鎮まる地で、杉玉発祥の地──。今西さんは力を込めてこう話してくれた。「酒の神が宿る場所ですから、三輪を感じられる酒造りをしていきたいです」。こうして今西さんが生み出した日本酒が、特集でも紹介した「みむろ杉」。全国新酒鑑評会で金賞を受賞している。

≫香りはメロン。米の旨み広がる今西酒造「みむろ杉ろまん・純米吟醸ひやおろし」

cooperation : Masayuki Miura text : Yoshino Kokubo photo : Kiyoshi Nishioka
2020年3月号 特集「SAKEに恋する5秒前。」


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