とらやの羊羹に使われる和紅茶も
自然栽培にこだわる
「天の製茶園」の挑戦【前編】
熊本県の最南部、鹿児島との県境に位置する水俣市。鹿児島や宮崎に比べて産地の知名度は低いものの山間部ではお茶づくりが盛んに行われている。水俣川の源流域の石飛高原でお茶をつくる「天の製茶園」は、水俣を代表する茶園のひとつ。自然栽培のお茶、自生のお茶を活用して見据える日本のお茶の未来とは? 3代目の天野浩さんにうかがいました。
土地の力を生かした多様なお茶づくり
石飛高原は、寒暖の差が大きく火山灰由来の赤土で、霧がかかるなど、よいお茶が育つ条件を備えている場所。昭和期には茶農家が20軒以上あり栽培も盛んだったが、現在は5社まで減少。天野さんが休耕している畑を預かることも多くなったという。
全部で11 haほどある茶畑は山間に点在。多様な環境下の畑をもつ強みを生かし、さまざまなお茶をつくっている。紅茶に加え、緑茶、烏龍茶、ほうじ茶、ブレンドティーも合わせるとその数12種類。多彩なラインアップの中で30年間変わらず代表銘柄に君臨しているのが、父・茂さんが生み出した「天の紅茶」だ。キャラメルを思わせる甘い焙煎香が特徴のこの紅茶ができるまでに、並々ならぬ努力があったようで……。
「紅茶嫌いの母でも飲める紅茶をと、父が試行錯誤を繰り返して商品化したものなんです。父が紅茶に切り替えようとしていた30年前、『私が飲める紅茶ができれば売ってもいい』と条件を出され、開発がはじまりました。試作を重ねてもなかなかお許しが出ず(笑)。父がなかばヤケになってつくったのが、焙煎を強くかけた香ばしい紅茶でした」
出来上がった紅茶は、豊かな香りが楽しめるだけでなく、すっきりと飲みやすい。検査をしたところ、焙煎によってカフェインが抜けてクリアになっていたことがわかった。
「紅茶好きの人から『こんなの紅茶じゃない』と言われても“天野がつくる紅茶の個性だから”と返せるように『天の紅茶』と名づけました。『水俣紅茶』も候補に上がっていましたが、そんな恐れ多いことはできませんでした(笑)。一般的な茶葉では炭になってしまうような高音で焙煎するので、焙煎の加減は非常にシビア。いまだに母が、毎日味のチェックをしています」
そしてこの天の紅茶、実は和菓子の老舗『とらや』の小形羊羹「紅茶」に使われているのだ。2011年の販売開始からさかのぼること数年前、とらやでは、紅茶を使った羊羹を検討する中で、和紅茶の使用をコンセプトのひとつに掲げていたという。「羊羹にすることで、その個性が生きる和紅茶を見つけるのは簡単ではありませんでした。数社の和紅茶を集めて検討したのですが、天の紅茶は、味、香り、風味のすべての面で個性が出ていて、この羊羹づくりに適していると思いました」と、当時の開発者が語っている。独特の甘みや香ばしさが好評で、いまでは定番商品になっている。
いまは貴重な国産紅茶だが、実は明治の頃は日本の重要な輸出品として積極的につくられていた。熊本の山鹿や人吉にも伝習所が置かれ、自然の木から芽を摘み、小規模でつくられており、品質もよく、人気も高かったという。ところがそれがあだとなり、生産量を急激に上げる政策が押し進められ、粗悪なものも増えてしまったそうだ。1971年に紅茶の輸入が自由化され、安くて美味しいものが輸入されるようになったため、国産紅茶は地場消費用になり全国で1〜2t程度に減少。1980年代にはほぼ0になった。
「いまは生産量も少しずつ増え、国産紅茶のクオリティが格段に上がってきています。私は、地域の個性を出したお茶をつくる人が増えてそれを持ち寄れば、オール日本として最高のブレンドをつくることができると思います。土地の個性がはっきりしていれば、業界の中で争う必要もないし、逆に風味を補い合うことができる。海外の紅茶にはウバやダージリンなど土地の名前がついていますが、国産紅茶も土地のよさを発揮する方向に動いてくれたらいいなと思います」
そんな天野さんの展望とは裏腹に、日本のお茶づくりは機械による均一化が進んでいるのも現実。産地の違いによる個性も弱くなっているという。
「土の養分や日照条件、雨の降り方、気温。同じ植生の土地はふたつとないので、本来はそれが茶葉の出来に反映されるはず。うちでは代々、土地の魅力がお茶に反映される方法でつくっていますが、お茶はもっと自由で、いろいろな味わいがあっていい。今後は、土地や木に寄り添ったお茶づくりの楽しさを、若い世代に伝えていくことも大切だと考えています」
text: Akiko Yamamoto photo: Yoshihito Ozawa
Discover Japan 2021年11月号「喫茶のススメ お茶とコーヒー」