とらやの羊羹に使われる和紅茶も
自然栽培にこだわる
「天の製茶園」の挑戦【中編】
熊本県の最南部、鹿児島との県境に位置する水俣市。鹿児島や宮崎に比べて産地の知名度は低いものの山間部ではお茶づくりが盛んに行われている。水俣川の源流域の石飛高原でお茶をつくる「天の製茶園」は、水俣を代表する茶園のひとつ。自然栽培のお茶、自生のお茶を活用して見据える日本のお茶の未来とは? 3代目の天野浩さんにうかがいました。
種から育てる実生のお茶づくり
土地の個性を色濃く表現できる自然栽培のお茶づくりの中でも、特に天野さんが力を入れて取り組んでいるのが、在来種のお茶の栽培だ。
お茶の木には、品種のお茶と在来種の2系統がある。品種のお茶は、「やぶきた」といった品種名をもつお茶。コーヒー豆でいうシングルオリジンにあたり、株の一部を切り取って発根させる「挿し木」で増やすのが特徴。現在市場に流通するほとんどが、この品種のお茶。特性がはっきりしていて、特徴が出しやすいため、扱いやすい。自治体が独自の新品種を開発するケースも多く、100種以上もの品種が生まれている。挿し木のため自根がなく、細い根が地表をはうように横に向かって伸びる。生産寿命は30〜40年ほどだ。
一方、種から発芽したお茶のことを実生茶、あるいは在来茶と呼ぶ。在来種は1本1本の個性が異なり、葉っぱの色や味わいにもばらつきがあるため、機械化した現代の製法には向いていない。しかし、太い自根を地中深くに伸ばすため、生命力が強い。
天野さんの畑には祖父の代から育つ90年ものの在来種があるが、世界を見渡せば、何百年という古樹も現存している。在来種といっても多様な性質の木が交配しているため、特徴もさまざま。
「樹齢90年といっても、在来種の中ではまだまだ若いほう。100年を超えたあたりから、在来種ならではの力強さが出てくると思います。古木の茶葉には石をなめたようなミネラル分が感じられ、余韻となって長く残る。それは、若い品種の木には生み出しにくい風味です」
日本で90年ものの在来種をお茶づくりの主力にしている茶園は、天の製茶園のほかにない。10年後、古木という個性が、唯一無二の価値になっていることを願う。
text: Akiko Yamamoto photo: Yoshihito Ozawa
Discover Japan 2021年11月号「喫茶のススメ お茶とコーヒー」