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「石山離宮 五足のくつ」天草の隠れ家リゾートへ

2020.8.6
「石山離宮 五足のくつ」天草の隠れ家リゾートへ

旅館についての著作も多く「日本 味の宿」顧問である柏井さんと放送作家でありつつホテルの部屋のディレクションを手掛けたり京都の料亭も営む小山薫堂さん。宿を愉しむプロの二人が小山さんの故郷、天草にある宿 「石山離宮 五足のくつ」をともに訪ねた。

異国情緒あふれる、天草の魅力を凝縮したリゾート

ヴィラCの宿泊者専用のオープンテラスにて。夕日を見ながらのひとときは格別

少しでも日本の宿に興味を抱く者なら、その名を聞いて必ず羨望のまなざしになる。それが「石山離宮 五足のくつ」。だが、普通に聞けば、それが宿の名だとは到底思えないだろう。五足のくつは、熊本県の天草にある宿で、日本旅館のようでもあり、ホテルにも見える、一風変わったスタイルだ。

天草という地、そして五足のくつ、と聞いて、紀行文が頭に浮かんだなら、相当な文学通だろう。時は明治時代にさかのぼる。与謝野鉄幹をはじめとして、北原白秋、吉井勇ら、そうそうたる5人の作家が、九州へと旅をして、その旅の記録をつづった紀行文に『五足の靴』とタイトルをつけ、新聞連載として発表した。この宿の名はそれにちなんでいる。いまとは比べるまでもないほど、その当時は遠い土地だっただろうが、いまも天草は遠い。

地続きなら、バスか車で熊本から2時間30分。海の上をたどるなら長崎の茂木港から天草の富岡港へ。そこからの車を合わせると小一時間は掛かる。これはしかし、熊本や長崎からの行程であって、そこに至るまでの道程を足すと、かなりの所要時間になる。

最も早道なのは、福岡や熊本から天草エアラインで飛ぶ方法。どちらもフライトは30分前後だが、天草空港からさらに40分ほども車に揺られないと、宿にたどり着けない。

そんなアクセスだから1泊ではもったいない。少なくとも2泊はしたいところ。宿の内にも外にも見どころがたくさんあり、愉しみは尽きない宿なのだから。

C-5のリビング。ソファに寝転んで、のんびり寛ぎたい

五足のくつは海沿いの小高い丘の上に建っていて、ヴィラA、B、Cと3つの客室棟に分かれている。全部合わせると部屋数は15室になる。部屋のつくりや眺めはそれぞれに異なり、すべての部屋に天然温泉の露天風呂が付いているのが大きな特徴だ。

この宿には大浴場がないので、風呂好きの客にとっては、どんな風呂がその部屋に備えられているかが、部屋選びの一番のポイントとなるだろう。

僕の好みは、この宿で一番高いところにあるC-1。夕暮れともなれば、東シナ海に沈む夕陽を眺めながら、大きな露天風呂で湯をまとうことができる。そしてその横にしつらえられたガーデンシャワーも開放感に満ちていて、実に気持ちがいい。これは単なる好みであって、ほかの部屋の熱烈ファンがいるとも聞くし、全15室制覇したというつわものもいるそうだ。

それはともかく、ほかの日本旅館に比べて、圧倒的に異なるのはこの宿のスケール感。80㎡を超える部屋の広さもだが、大人3人くらいはゆったり入れる大きな露天風呂がうれしい。それも源泉掛け流し、というのだから温泉好きにはたまらない。

ヴィラによって、風呂の雰囲気が異なるから、温泉フリークなら、部屋を替えて連泊するのもいい。

天草大王のモモとムネ肉を、熱した溶岩石で焼いて、鰹だしを注いでつくる石焼き蒸し鍋

と、ここまでは温泉宿としてのご紹介。五足のくつの魅力は、当然ながら温泉だけではない。日暮れての夕食は、部屋食ではなく、別棟に備えられたレストランでとる。

この食事処も宿泊棟によって場所が異なるだけでなく、料理の内容も違う。つまりはA・B棟と、C棟はまったく別の宿ともいえ、五足のくつは2軒の宿で出来ていると考えたほうがいい。いずれにせよ、すべてが個室仕様という贅沢な仕掛けに変わりはない。

ヴィラC専用の食事処「天正」に一歩足を踏み入れると、グレゴリオ聖歌が厳かに廊下に流れている。突き当りには聖母子像が静かにたたずむ、という教会のようなつくり。廊下の海側が個室の食事スペースになっていて、窓の外に海を望む部屋で食事ができるという寸法だ。
こう書くと、宗教色が強いように思われるかもしれないが、天草という地と、キリスト教は切っても切れない関係にあり、その空気を肌で感じることも、極めて大切なことなのである。

天草の海の幸と野菜を一緒に、ポン酢、ラー油、醤油でいただく天草風のお造り

周りを海に囲まれた天草だから、魚介の旨さはいうに及ばず、天草黒牛や天草大王と呼ばれるブランド牛や鶏も用意され、美食にも事欠かない。

とりわけ、いまや五足のくつ名物ともなった“天草大王石焼き蒸し鍋”は、これだけを目当てに、宿を訪れてもいいと思わせるほどに旨い。テーブルサービスの際、スープを注ぐと、もうもうと湯気が上るのも愉しい。

ただ美味しいだけでなく、いかにして客を喜ばせるか、思い出深い食事にするか、にもこの宿は心を砕いている。

そのひとつが、東シナ海を望むオープンテラス。春から秋のベストシーズンはもちろん、肌寒さを感じる、冬から秋でもこのスペースの居心地のよさは格別だ。

沈む夕陽を見ながらフルートグラスを傾けるひとときは、何ものにも代え難い。リクエストすれば、ここで朝食をとることもでき、潮風を受けながら朝の澄んだ空気と一緒に、軽やかな朝食を愉しむことができる。

バー&ライブラリー。天草やキリスト教にちなんだ本が並ぶ

開放感に満ちたテラスとは対照的に、陰翳礼賛を映し込むライブラリーやバーもある。この緩急が五足のくつのもち味でもあり、空間も時間も、いつの間にか、ラビリンスに姿を変えている。

天草は遠い。遠いからこそ、非日常の異空間に迷い込むことができる。宿を離れるときに、いつも後ろ髪を引かれる宿。それが五足のくつである。

緑に覆われた坂道を登ったところにひっそりと現れるヴィラCのレセプション
ヴィラCのベッドルームは、すべてキングサイズのベッドがふたつ並ぶ。こだわりぬいたベッドはオリジナル

石山離宮 五足のくつ
住所|熊本県天草市天草町下田北2237
Tel|0969-45-3633
Fax|0969-45-3655
E-mail|info@rikyu5.jp
客室数|ヴィラA6室、ヴィラB4室、ヴィラC5室
料金|1泊2食付ヴィラA2万5000円〜、ヴィラB2万8000円〜、ヴィラC4万4000円〜
(2名利用の場合、税別・サ込、入湯税150円)
カード|AMEX、DC、DINERS、JCB、MASTER、NICOS、SAISON、UC、VISAなど
チェックイン|15:00
チェックアウト|11:00、ヴィラCは12:00
夕食|会席料理
朝食|和食(ヴィラA/B)、和食または洋食(ヴィラC)
温泉|下田温泉(ナトリウム-炭酸水素塩泉/源泉掛け流し/加温なし/加水なし/神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性、慢性消化器病、疲労回復、健康増進など)
風呂|大浴場なし、部屋風呂全室(露天付き、温泉)
アクセス|車/九州自動車道松橋ICから約2時間 飛行機/福岡空港か熊本空港から天草エアラインで天草空港へ。空港から送迎あり(要予約) 船/富岡港、鬼池港、牛深港各港から送迎あり(要予約)
施設|バー、ライブラリー
Wi-Fi|あり
www.rikyu5.jp

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text : Hisashi Kashiwai, Discover Japan photo : Atsushi Yamahira
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