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《水木しげるの妖怪 百鬼夜行展》
この夏、妖怪でひんやり。
2|日本人と妖怪の関係

2022.8.1
<small>《水木しげるの妖怪 百鬼夜行展》</small><br> この夏、妖怪でひんやり。<br>2|日本人と妖怪の関係

日本には、数えきれないほどたくさんの妖怪が伝わる。時代とともに変わるものもあれば、時代を経てなお変わらないものもある。日本人にとって妖怪とは? 妖怪学研究の第一人者・小松和彦さんに教えていただきました。

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歌川国芳『源頼光公館土蜘蛛作妖怪図』東京都立図書館蔵

〈お話をうかがった方〉
文化人類学者・民俗学者
小松和彦(こまつ かずひこ)さん

国際日本文化研究センター名誉教授。埼玉大学
教養学部教養学科卒業。東京都立大学大学院社
会科学研究科修士課程修了。『妖怪学新考 妖怪
からみる日本人の心』(講談社)など著書多数

妖怪を世に浸透させたキーパーソン3人

妖怪という言葉が一般に認識されるようになったのは、明治時代の仏教哲学者・井上円了が妖怪学を提唱してから。円了は化け物や幽霊など、非科学的なものの総称を妖怪とし、撲滅するために妖怪を研究した。

「妖怪」の生みの親
井上円了(いのうえ えんりょう)1858-1919

仏教哲学者、教育者。哲学館(現在の東洋大学)の創立者。西洋哲学と仏教とを結び付け、仏教哲理を説いた。日本の近代化に向け、迷信全般を否定するべく妖怪学を提唱。妖怪について研究した。

全国の妖怪を収集
柳田國男(やなぎた くにお)1875-1962

民俗学者、思想家。日本各地に足を運んで民俗や伝承を調査。日本民俗学を確立した。著書『妖怪談義』には「妖怪名彙」を収録。全国から集めた約80種類の妖怪や怪現象の名前を挙げている。

妖怪にかたちを与えた
水木しげる(みずき しげる)1922-2015

マンガ家、妖怪研究家。江戸時代の絵師の妖怪画などの古資料、自ら見聞きした伝承などを基に妖怪画を描いた。妖怪マンガの第一人者として、日本に古くから伝わる妖怪文化を現代へとつないだ。

妖怪は「人間が安心するため」に生み出されました。

人間にご利益をもたらす妖怪・アマビエ

「妖怪」を辞書で引くと、人間の理解を超えた不思議な存在や現象のこととある。
「生活の中で、人間の知識では説明できないものに出合ったとき、昔の日本人はそれを妖怪のせいにして説明してきました。たとえば、川遊びをしていた子どもが突然いなくなると河童のせいにしたり、夜中に木を切り倒す音がしたけれど、翌朝見てみるとその跡がまったくないことを『天狗倒し』と呼んで天狗のせいにしたり。理由がわからないままにしておく、ましてそれを自分一人で抱え込むというのは、気持ちが悪いじゃないですか。だから昔の人は、現代から見れば、本質的には何の説明になっていないけれども、理解できない存在や現象に名前をつけて、コミュニティ共通のものとしました。そうしてコミュニティ全体で理解し、共有することで安心してきたのです」

日本人が名前をつけ、生み出してきた妖怪には、ふたつのレベルがある。ひとつは天狗、河童、鬼など“存在としての妖怪”。もうひとつは、「狸囃子(たぬきばやし)」をはじめ聞こえてくるもの、「狐火」をはじめ目に見えるものなど、“現象としての妖怪”。
「後者は、たとえば化け狸が立てる小豆を研ぐような音を『小豆洗い』、いつの間にか身体に傷がついていることを『鎌鼬(かまいたち)』と名づけて呼ぶうち、いつしか名前が独り歩きして、現象としての妖怪から、存在としての妖怪になっているものもあります」
 その結果、日本には全国各地に多種多様な妖怪が伝わってきた。その背景には、神羅万象に神が宿ると考える、日本古来の精神性があるという。

八百万(やおよろず)の神というように、日本では、名前のついているすべてのもの、言葉にさえも魂があると考えられてきました。神といえども怒ることはあるし、中には悪いことをする神もいる。その結果、災害が起こったり、疫病がはやったり。妖怪は、神のそうしたネガティブな面を表しているともいえます。さらに日本人は、不思議な存在・現象に名前をつけ、妖怪として生み出すだけでなく、姿かたちを表して具現化してきました。妖怪にかたちを与えることで、不思議なものを皆で理解しようとしたからでしょうし、描くことで恐怖などの感情をコントロールする意味合いもあったと思います」

妖怪の地域性とは?

「河童」のように全国各地に出現するものでも、名前や姿かたち、行動には、その土地ならではの特徴があることも多い

妖怪は、不思議な存在や現象への対処法として、コミュニティで共有するために生み出される。そのため、たとえば「河童」を「河太郎(がたろう)」や「猿猴(えんこう)」などと呼ぶ地域があるように、対象が同じであっても、地域によって異なる名前で伝わる妖怪も多い。
「そもそも山村であれば山や川にまつわるもの、漁村であれば海にまつわるものというように、自然環境によって語られる妖怪も変わります。また、古い道具が妖怪化して付喪神(つくもがみ)として現れるなど、暮らし方や生き方への戒めとして語られる妖怪もいます」

ちなみに「河童」は、中国に伝わる水辺の妖怪「水虎(すいこ)」にちなんだ名で呼ばれることもある。妖怪としての狐も中国から伝わったものだが、中国以外にも人魚やオオカミ男、妖精など、広い意味では、世界中に妖怪はいる。
「世界で見れば、昔話や伝承として残っているものもありますが、アニミズム的な背景から生まれた日本の妖怪とは性質が異なりますね。また日本の妖怪は、天狗や河童、鬼など架空のものだけでなく、キツネやタヌキ、カワウソ、サルなどが化けたもの、またはその仕業とされるなど、半数は自然界に属しているものです。そのため、その生態によっても地域で語られる妖怪が変わります」

たとえばキツネとタヌキ。どちらも化けて悪さをするものとして知られるが、かつて四国にはキツネが生息していなかったため、妖怪としての狐も生まれなかった。
「その代わりによく伝わっているのが狸。特に徳島では、狸にまつわる伝承が多く、怪火(かいか)の行列を表す『狐の嫁入り』も『狸の婚礼』として伝わっています」

妖怪は境界に現れます。

日本にはいろいろな妖怪がいるが、それらは必ず境界に現れる。
「家の内と外を区別するのに壁をつくったり、敷地の内と外を区別するのに門を立てたり、隣村との間の峠を村境としたり。日本人はさまざまな境界をつくって暮らしてきました。境界の外は日常とは違う異界。だからこそ恐怖を感じるし、異界には自分が知らないもの、つまり妖怪がいるのです。人間が妖怪の領域に入ってしまうこともあれば、妖怪からやってくることもある。その出合う場所が境界。だから私たちは、境界に注連縄(しめなわ)を張ったり、お地蔵さまを置いたりして、異界からよくないものが入ってこないようにするのです」

そうした空間的な境界だけでなく、時間的、身体的な境界も存在する。
「時間でいえばわかりやすいのが節分。一年を季節ごとに分けた結果、時間の隙間ができ、そこから鬼がやってくるのです。また、精神が錯乱した状態を『狐憑(きつねつ)き』と呼んで狐のせいにするなど、皮膚を境界として、身体の外からよくないものが体内に入ってくるとも考えられていました」

妖怪は人間を映し出す鏡です。

一魁斎芳年「和漢百物語 酒呑童子」

妖怪は日本人が暮らしの中で生み出してきたもの。つまり、暮らしが変われば妖怪も変わる。
「私は長年、妖怪を観察・研究してきましたが、それは人間を観察・研究してきたともいえます。古くに生まれた妖怪は、自然や動物などに対する畏敬の念を表すものでした。それが自然から離れて暮らすようになると、人工物にも魂が宿ると考えられるようになり、古道具が妖怪化したものが生み出されるようになりました。そして社会が成熟すると、『四谷怪談』のように、都市における人間関係から生まれた幽霊や妖怪が語られるようになります」

江戸時代は、参加者が怪談話を順に披露する「百物語」や、妖怪をおもしろおかしく描いた滑稽本が流行したり、幽霊や妖怪を題材にした浮世絵や芝居、落語が人気を集めたりと、妖怪を娯楽として楽しむ妖怪ブームが起こった時代でもある。
「もともとの妖怪は、自然に即する、人知を超えたものでしたが、いつしか人間が妖怪をつくる、キャラクター化するようになったんです」

その後、明治維新を迎えると、近代化の名目の下、非科学的な妖怪の存在は否定されてしまう。ところが妖怪撲滅のためにはじめられた妖怪学は、その後も研究者たちに受け継がれ、現代に至る。

妖怪が現代にもたらすものとは?

一度は妖怪の存在を否定し、科学が進んだ現代社会で、日本人と妖怪は共存できるのだろうか。
「できると思いますよ。日本のマンガやアニメ、ゲームには多種多様な妖怪が登場しますし、ゆるキャラだって妖怪といえるでしょう。妖怪を登場させることで、人間だけでは描き切れない物語が生まれます。もちろんそれはファンタジーの世界ですが、人間世界のルールに縛られない妖怪を介することで、人間世界を外側から見つめ直すことができる。この外側に目をもつということが大事。自然とのかかわり方、暮らし方、コミュニティの在り方など、日本人の変化とともに妖怪も変化してきましたが、いつの時代も、妖怪は人間を映す鏡なんです。その鏡を通して、人間世界への理解をより深めることができると思います」

 


水木しげる氏の長女・原口尚子さんが語る
「水木しげると妖怪」

 
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text: Miyu Narita illustration:©mizukipro
2022年8月「美味しい夏へ出掛けよう!」

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