世界で唯一!?カセットテープ専門店「waltz」
大熊健郎の東京名店探訪
「CLASKA Gallery & Shop “DO”」の大熊健郎さんが東京にある名店を訪ねるシリーズ。今回は中目黒に店を構える、知る人ぞ知るカセットテープ専門店「waltz」を訪れた。
「CLASKA Gallery&Shop “Do”」 ディレクター。国内外、有名無名問わずのもの好き、店好き、買い物好き。インテリアショップ「イデー」のバイヤー&商品企画、「翼の王国」編集部を経て現職。
www.claska.com
音楽はCDを買って聴いている、と答えたら少し驚いたような顔をされたことがある。どうやら近頃はサブスク(定額)方式でいつでも好きなときに、好きなだけ音楽や映画をストリーミングして楽しむのが「普通」ということらしい。なんとも「便利でお得」な時代になったものだが、本当にそうなのだろうか。
中目黒駅から徒歩約10分。駅前の喧騒から離れた静かなエリアに日本で、いや世界でも唯一であろうカセットテープ専門店がある。レコードはおろかCDすら失われつつある中、海外にもその名を知られ、多くの音楽通に支持されている、知る人ぞ知る店waltzだ。
角田太郎さんがwaltzをオープンしたのは2015年。角田さんの前職はなんとAmazonである。Eコマースの雄からカセットテープ専門店オーナーへの転身とは聞き捨てならないが、「自分にしかできないことをやろうと思った」と角田さんの転身理由は実にシンプル。
ただこの「自分にしかできないこと」とは単にカセットテープ専門店をはじめるというだけではなく、それをちゃんと事業化する、という意味でもある。単なる道楽や思いつきでない、明確なヴィジョンと戦略をもってこの唯一無二な店を運営していくという店主の自負と気概を込めた言葉でもあるのだ。
店に入るとそこはアートブック専門店のような静かで落ち着いた空気が流れている。サブカルの店的な雑然とした雰囲気は皆無である。中央のテーブルには新譜やおすすめのタイトルがミニマルアートのように美しく配列され、一つひとつに丁寧なキャプションが置かれている。カセット用に特注したという木製ラックにはジャンル別、ミュージシャン別のテープが並ぶ。
かつて夢中で聴いたアルバムのテープ版を見つけてはうれしくなる。ほかにも中古のラジカセやアナログレコード、音楽や映画関連の古書、古い雑誌なども扱う。もちろん店内に流れる音楽の音源はカセットだ。音のよさに誰もが驚くだろう。しばしカセットを眺めていたら、このカセットテープという存在自体がひとつのアート作品、オブジェのように思えてなんだかいとおしくなってきた。
音楽でもモノでも簡単に手に入るものに思いや気持ちは入らない。食べ放題よりも本当に好きなものをじっくり選んで味わいたい。そうやって時間と手間をかけて向き合うことで生まれる喜びや感情がある。waltzはそんなことを思い出させてくれる店でもある。
写真=鈴木真貴
2020年2月号 特集「世界に愛されるニッポンのホテル&名旅館」