美術家 横尾忠則
「霊性が宿る、目に見えない美しさに惹かれる」
『古典×現代2020時空を超える日本のアート』
姿かたちや色彩など見た目に始まり、所作や言葉など身から出るもの、果ては考え方や心の動きなど精神的なものまで、美はあらゆるものに宿る。それらをまとめ合わせ、目に見えるかたちで表現するとアートになる。つまり、日本のアートをひも解けば、日本ならではの美が見えるはずです。
6月24日(水)から8月24日(月)まで国立新美術館で開催される、「古典×現代2020—時空を超える日本のアート—」の見どころとともに、アートの中に光るニッポンの美の魅力を現代作家さんに聞いた。今回は美術家 横尾忠則さんにお話をうかがいました。
横尾忠則(よこお・ただのり)
美術家。1936年、兵庫県生まれ。東京都在住。1960年代からグラフィックデザイナーとして国際的に活躍。1981年の「画家宣言」から絵画に転じ、「生と死」を念頭に圧倒的な筆力で制作する。1976年と1993年にヴェネツィア・ビエンナーレ企画部門に出品。2011年、旭日小綬章、2015年、高松宮殿下記念世界文化賞。2012年に横尾忠則現代美術館(兵庫県)、2013年に豊島横尾館(香川県)が開館
1970年に出版された『奇想の系譜』(美術出版社)をきっかけに、曾我蕭白を知ったという横尾さん。江戸中期に活躍した蕭白は、水墨画の名手、そして“奇想の絵師”として評される人物だ。山水や花鳥など伝統的な題材をデフォルメして描いたかと思えば、時に醜悪なモチーフを選ぶ。当時も一定の支持層がいたらしいが、近年そのエキセントリックな表現に再び注目が集まっている。
「概して蕭白の絵は、日本人的でありながら西洋的で、さらにそれを超えたコスミックな世界を感じさせます。下半身が消えるように描いた幽霊だったり、画面の余白には星雲も想像させてしまう。現代社会の未来さえ暗示しているような、ね」
そんな蕭白に魅せられオマージュ作品を制作してきた横尾さんだが、「オマージュというのは、その人に憧れて尊敬の念をもってつくることだといわれているけど、それは単なる“ゴマすり”でしょう? それではつまらないし創造的とはいえない。僕の場合は、その人に悪意を抱いて描くことがオマージュだと思っているんです。相手を超えていくことをしないとね」と言葉に力を込める。
「古典×現代2020│時空を超える日本のアート」展で、横尾さんは、蕭白が幾度も描いた寒山拾得をモチーフに、新作を発表する。寒山と拾得とは、唐時代に存在したという二人の風狂の僧である。
「森鴎外の小篇『寒山拾得』には、寒山は文殊菩薩で、拾得は普賢菩薩の化身とある。人間でありながら人間を超えた存在なんですね。ただ、実際に存在していたのかなど不明な点も多く、その曖昧さにも惹かれるんです」
横尾さんの絵に頻繁に登場する“首吊りの輪”が作品にも描かれているのは、寒山と拾得が自我を滅却したということの象徴だろう。それにしてもこの二人、蕭白の絵の中でも横尾さんの絵の中でも、非常にゆるんだ表情を浮かべているのが楽しく、奇妙でもある。
「人間というのは本当に悟るとこういう阿呆な顔になる(笑)。賢そうで貫禄のある知識人はごまんといるけど、あれはニセモノだね。いま、僕は右手が腱鞘炎になって、左手で描いています。だから思うようにできなくて偶然、阿呆顔が描けちゃった。利き手だと、記憶や知識を頼って描いてしまうから、技術を習得していない手の方がいいのかも。頭じゃなくて、身体なんです」
さらに、横尾さんの「作家の魂が表れた作品は、どんな描き方でも、それはひとつの美」という言葉も印象的だ。
「蕭白は、竜巻や荒波といった大自然を描きながら、煩悩や情念をすべてひっくるめた人間の“自然”に同格としてぶつけた。そこに霊性を感じます。いまは知性や知識ばかり求めるでしょう? 美しさといえばファッション的な外面だったり、背景には経済がからんだりしていて。その先にある美しさを発見してこそ、日本の美について話ができるというものじゃないかな」
横尾さんにとっての美とは?
Q1:古典アートのどんな部分に美を感じる?
A:知性や知識より、霊性が表れたもの
Q2:美しいと思われる作家、作品は?
A:蕭白や、白隠など気になりますね
Q3:ニッポンの美とは?
A:目に見えない、その向こう側にあるもの
古典×現代2020ー時空を超える日本のアート
会期|2020年6月24日(水)〜 8月24日(月)
休館日|毎週火曜日休館
開館時間|10:00〜18:00 ※当面の間、夜間開館は行いません。入場は閉館の30分前まで
会場|国立新美術館 企画展示室2E
住所|東京都港区六本木7-22-2
Tel|03-5777-8600(ハローダイヤル)
kotengendai.exhibit.jp
※観覧にはオンラインでの「日時指定観覧券」もしくは「日時指定券(無料)」の予約が必要です。
photo:Norihiro Ueno
2020年4月号 特集「いまあらためて知りたいニッポンの美」