建築家・隈研吾氏とのプロジェクトがスタート!
家具とクラフトの町・北海道東川町の挑戦
北海道のまん中・旭川空港から車で10分ほどの田園地帯に位置する東川町。人口約8400人のこの小さな町から、日本のクラフトマンシップと新たなライフスタイルを世界に発信するプロジェクトが始まった。建築家・隈研吾さんを招いて行われた4月14日の「椅子の日」記念セレモニーのレポートとともに、プロジェクトの概要を紹介する。
「20世紀末から予兆はありましたが、コロナ禍により世界が危機を迎えるいま、都市に『集中』していた価値観は見直され、『分散』の時代に入りました。また、ものづくりも大量生産から、手でつくる時代に大きく舵が切られています。東川町はそういう新しい流れのひとつの象徴になりうる場所だと思います」
2021年4月14日、北海道上川郡東川町の複合交流施設「せんとぴゅあⅡ」で開かれた「椅子の日」記念セレモニーで、世界を舞台に活躍する建築家の隈研吾さんは、こう力強く話した。
隈さんといえば、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のメインスタジアムとなる「新国立競技場」を設計したことが記憶に新しい。新国立競技場には、東京をはじめ全47都道府県から集めた「木」がふんだんに使われ、隈さんが提唱するコンクリート社会から木造社会へ、周囲に開かれ環境に調和する建築物を象徴する作品となっている。
一方、東川町は木工産業が盛んな「木工の町」だ。北海道の良質な木材でつくられ、美しいデザインが特徴の「旭川家具」の約30%を生産し、町内には30を超える家具・クラフトの事業所がある。こうしたことから、東川町では、地元で生まれた赤ちゃんに町内の工房でつくられた椅子を贈る「君の椅子」という取り組みを2006年から続けている。ほかにも、小学校の椅子は5種類のサイズから選んで使え、中学校の入学時には名前入りの「学びの椅子」が配られる。
松岡市郎町長は「椅子は、幼児からシニアまでの人生の中で喜怒哀楽に耐えて、寄り添ってくれる大事ものです。東川町で暮らす子どもたちは、成長のそばにいつも柔らかな木のぬくもりあふれる椅子があります」と胸を張る。
「椅子の日」を制定
隈さんデザインの椅子も新作
そんな木工の町・東川町は、「4月14日」を「よい・いす」のゴロ合わせで「椅子の日」と制定した。松岡町長は「家具や椅子に感謝する日にしてほしい。自分の椅子を選択したり、お世話になっている人に椅子を贈ったり、椅子を通じて笑顔になれる習慣や文化をつくりたい」と想いを話す。
この日の記念セレモニーでは、隈さんがデザインし、町内の木工事業所で制作中のオリジナルの椅子も披露。さらに、30歳以下を対象に「木の椅子」をテーマとする作品を募集していた「『隈研吾&東川町』KAGUデザインコンペ」の応募状況も報告された。
36の国と地域から834件の応募作品数があったことについて、隈さんは「非常に多くの応募作品があって驚いています。コロナ後の世界では、人間と環境をつなぐ装置としての家具が、いままで以上に注目されることになるでしょう。これまでの家具の概念を超えて、未来のライフスタイルを感じさせるものが出てきてくれないかと期待しています」と笑顔で話した。
さらに、自身がデザインした椅子については、「建築用語で『ルーバー』と呼ばれる、羽板を平行に並べる方法で椅子ができないかと考えました。椅子だとハードルは高いですが、世界に誇る技術を持っている東川町の職人さんなら完成させていただけるものと信じています」と期待をこめる。
隈さんと椅子づくりを手掛けている家具職人のひとり、WOOD WORKの岡村貴弘さんは「今回弊社で製作を担当させていただきました隈さんのデザインの椅子は、これまでの椅子の概念とは全く違うものでした。まずこのデザインを形にできるのか。そして形を崩さずに椅子としての強度を実現できるのかが一番のポイントでした。隈さんからのこの課題は家具職人として大変興味深い取り組みでした。」と真摯に話す。
また、アール工房の石川良一さんは、「隈さんのおっしゃるように、もう大量生産の時代は終わり、『あなたのための家具』の時代に入っていると思います。使う人の笑顔と実用性を考えながら家具をつくってきましたが、この方向性を進めていく自信になりました」と笑顔をみせた。
隈さんがデザインした椅子は、5月5日まで「せんとぴゅあⅡ」内の「隈研吾×町内木工事業所の椅子・椅子の日関連展示」で見ることができる。さらに、関連イベントとして、同期間「せんとぴゅあⅠ」ギャラリーでは「織田コレクション展『世界の名作椅子ベスト20』」も開催中。椅子研究家の織田憲嗣氏が長年収集・研究してきたデザイン群で、世界的に評価の高い「織田コレクション」から、世界の名作の椅子20点が展示されている。
またこの日、隈研吾さんと連携した東川町のプロジェクトとして、隈研吾事務所のサテライトオフィスを町内に設けたり、日本初のデザインミュージアムを新設したりする計画も発表された。これからの東川町の取り組みに注目が集まる。
text:Tomoko Honma photo:Tatsuo Iizuka