氷上アクティビティ、北海道立北方民族博物館、流氷クルーズ……
阿寒湖を起点にした道東旅
冬の阿寒湖温泉滞在記【前編】
2021年の夏・秋と阿寒湖温泉を訪れ、いまを生きるアイヌ文化の姿や阿寒湖の豊かな風土に触れてきたライターの大石始さんと写真家の鈴木優香さん。3回目となる今回は、一面の雪景色が広がる2月の阿寒湖温泉へ。アイヌ文化の担い手たちと彼らに共鳴するアーティストたちがコラボレーションするウタサ祭りを軸に、冬の阿寒湖温泉を体感していただきました。まずは冬の阿寒湖ならではのアクティビティから。
今回旅した人
文=大石 始(おおいし はじめ)
音楽や祭りなど各地の地域文化を追うライター。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。主な著書に『盆踊りの戦後史』(筑摩書房)、『奥東京人に会いに行く』(晶文社)、『ニッポンのマツリズム』(アルテスパプリッシング)、『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)など。現在、屋久島古謡に関する著作を執筆中
写真=鈴木優香(すずき ゆか)
東京藝術大学大学院修了後、商品デザイナーとしてアウトドアメーカーに勤務。2016年より、山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」をスタート。現在は山と旅をライフワークとしながら、写真・デザイン・執筆などを通して表現活動を続ける
冬の阿寒湖を体感できる
氷上のアクティビティ
12月から3月まで阿寒湖の水面は厚さ約80cmの厚い氷に覆われる。2月の最低気温は-15℃を下回るが、例年であれば多くの観光客が極寒の阿寒湖へとやってくる。彼らのお目当てのひとつが氷上のアクティビティだ。
氷で覆われた湖に降り立つと、そこでは数多くのテントが張られていた。中で行われているのはワカサギ釣り。氷上には直径15cmほどの穴が開けられ、そこにエサをつけた仕掛けを落とす。しばらくするとピクピクッというわずかなあたりがあり、リールを巻き取ると美しいワカサギが一匹ついていた。道具は受付で借りることができるので、手ぶらで問題ない。釣れたワカサギは湖畔の食堂で天ぷらに。ほのかな苦みと凝縮された旨みに箸を持つ手が止まらなくなる。
冬の阿寒湖ではスノーモービルやバギー、バナナボート、アイススケートもできる。われわれはバナナボートに乗り込んだが、湖の上を高速ですべる爽快感は想像以上のものだ。
また、この冬は凍った湖上にフィンランド式バレルサウナが登場。熱したサウナストーンに水をかけ、蒸気を発生させながらじっくりと汗を流す。身体が温まったらサウナの外で身体を冷やす。まだこの2月にオープンしたばかりだというが、ひょっとしたら新しい阿寒湖の楽しみ方として今後定着するかもしれない。
日帰りでオホーツク海に面した網走へ
3回目の阿寒湖温泉ということで、今回は阿寒湖温泉を拠点として北海道のほかのエリアにも足を延ばしてみよう。北へと車を走らせること1時間半、到着したのはオホーツク海に面した網走である。
まず訪れたのは、北海道立北方民族博物館だ。ここは北方民族の暮らしや文化、信仰について専門展示する日本で唯一の博物館。アイヌやウイルタのほか、東はグリーンランド、西はスカンディナビアまでさまざまな地域の北方民族文化が紹介されている。常設展示ではテーマ別に衣類や楽器、狩猟の道具や民具が並べられていて、北方民族の共通性と独自性が浮かび上がる。資料室も併設されており、網走を訪れた際にはぜひ足を運びたい場所だ。
続いて訪れたのは博物館網走監獄。ここは網走刑務所が網走監獄と呼ばれていた明治・大正時代の監獄建築物を移築復元、再現している野外歴史博物館。
館内には24棟の移築復元建造物があり、舎房及び中央見張り所を含む8棟が国の重要文化財に指定、6棟が登録有形文化財に登録されている。
数ある行刑建造物や歴史的資料に触れて、網走刑務所の前身でもあった北海道集治監が果たした北海道開拓の役割について学ぶことができる博物館だ。
昼食を済ませたら流氷観光砕氷船「おーろら」に乗り込んでみよう。この船は観光を目的として建造された砕氷船で、1月から4月までの冬季は毎日運行している。流氷を間近に見られるとあって観光客からも大人気。ただし、流氷は風などの影響を受けて常に移動しているため、必ず見られるとは限らない。この日も残念ながら流氷自体は見ることはできなかったが、氷でシャーベット上になった水面を切り裂くように進むさまは冬のオホーツク海ならでは。水平線の向こうには知床の雄大な山々が浮かび上がり、流氷の破片にどっかりと構えるオジロワシとオオワシを見ることもできた。
阿寒湖を午前中に出れば、網走への日帰り旅行も十分可能。1時間半でオホーツク海の大自然に触れることができるわけで、阿寒湖を訪れた際には少し足を延ばしてみるのはいかがだろうか。
早朝プライベートツアーで
冬の阿寒湖を満喫
最終日は安井岳さん(阿寒ネイチャーセンター)のガイドによる早朝ツアーに参加。森を歩いていると、明らかに人間とは違う足跡が雪の上に点々としていることに気づいた。安井さんによると、それらはキツネや鹿、リスのものだという。阿寒の森にはモモンガもいる。彼らの好物であるトドマツの葉をぽきっと折って匂いを嗅ぐと、さわやかな香りがふんわりと漂った。
何かが動く気配のするほうへと視線を向けると、オヒョウの木の上をリスが歩いている。アイヌ民族はオヒョウの樹皮を使ってアットゥシという織物をつくった。木の内皮をはがれやすくするために温泉に浸していたそうで、アイヌ民族は古くからそうやって阿寒の自然と付き合ってきたのだ。
湖に降りると、音が吸収され、まさに静寂の世界。安井さんが歩いたあとを慎重に歩いていく。さもないと、ずぼっとはまってバランスを崩してしまう。安井さんはこう話す。
「クマなどの動物も雪の上では手の平を開いてバランスをとりながら歩くそうです。人間も同じで、足の裏全体で雪を踏むようにすると歩きやすいですよ」
ふたたび森の中に戻ると、一度静寂を体験しているからか、さまざまな音に耳が惹きつけられる。キツツキが木を突く音がするかと思えば、さまざまな小鳥の鳴き声も聴こえてくる。安井さんによると、小鳥たちは異なる種類でひとつの群れをつくっているそうで、そうやって外敵から身を守り、木の実の場所の情報を交換しているのだという。多様性とは何なのか、小鳥たちから教わることになるとは思わなかった。
早朝ツアーのゴール地点では、キタコブシのかわいらしいツボミがわれわれのことを迎えてくれた。キタコブシが白い花を咲かせると、阿寒湖にもようやく春がやってくる。
第1回|大自然とアイヌ文化に出合う夏 前編 後編
第2回|秋は祭りや儀式で阿寒湖をより深く体験 前編 中編 後編
第3回|冬の阿寒湖でアイヌ文化と豊かな風土にふれる 前編 後編
text=Hajime Oishi photo=Yuka Suzuki