ART

北海道《モエレ沼公園》
イサム・ノグチの集大成!アート×自然が融合した札幌市総合公園

2023.6.6
北海道《モエレ沼公園》<br>イサム・ノグチの集大成!アート×自然が融合した札幌市総合公園

広大な敷地に建つ幾何学形態を多用した山や噴水、遊具…。ここは北海道札幌市の総合公園「モエレ沼公園」だ。基本設計を彫刻家のイサム・ノグチが手掛けた、自然とアートの融合による美しい公園をひも解こう。

自然×アート
四季折々の美しい札幌を体感

公園の名称は、静かな水面やゆったりと流れるという意味のアイヌ語「モイレペッ」を由来とした地名「モエレ沼」から付けられた

札幌市街地から車で約30分ほどの場所にあるモエレ沼公園。ここは札幌市の市街地を公園や緑地の帯で包み込もうという「環状グリーンベルト構想」における拠点公園として計画された札幌市の総合公園だ。基本設計は世界的にも著名な彫刻家のイサム・ノグチが手掛け、「全体をひとつの彫刻作品とする」というコンセプトのもとに造成が進められ、2005(平成17)年にグランドオープンした。

約188.8ヘクタールの広大な敷地には幾何学形態を多用した山や噴水、遊具などの施設が整然と配置されており、自然とアートが融合した美しい景観を楽しめる。春は桜が咲き、夏は水遊び場や噴水など札幌の爽やかな夏を彩る施設がオープン。秋は紅葉、冬は一面の雪景色の中でクロスカントリースキーやソリ遊びが楽しめるなど、四季折々で札幌の魅力を体感できる。
また、ゴミ処理場の跡地を公園化したことや、屋内施設であるガラスのピラミッドに地域固有の自然エネルギーである雪を活用した冷房システムを導入していることから、自然環境保全の観点からも近年注目を集めている。

イサム・ノグチ最後の作品
「公園全体をひとつの彫刻作品にしたい」

イサム・ノグチ(1904~1988年)
日本人の詩人であり英文学者の野口米次郎とアメリカ人で教師で編集者のレオニー・ギルモアとの間にロサンゼルスで生まれる。幼少期を日本で過ごし、アメリカとフランスで彫刻を学び気鋭の彫刻家として活躍。戦後は東西の芸術精神を融合した多岐に渡る彫刻を制作。従来の彫刻の域を遥かに広げた大地の彫刻ともいえるランドスケープ・デザインを次々と発表するなど、豊かな芸術性と表現力によって20世紀を代表する彫刻家のひとり。

1988年3月、ノグチは初めて札幌を訪れた。札幌のある起業家から「札幌なら長い間温め続けてきた数多くのプレイグラウンドのアイデアを実現できるかもしれませんよ」と誘いを受けたのだ。 世界的な彫刻家であるノグチが札幌を訪れると聞き、札幌市はぜひ作品を設置して欲しいといくつかの候補地を提案。挙げられたいくつかの候補地の中で、ノグチはすでに1982年から建設がはじまっていたモエレ沼公園に強い関心を寄せた。ノグチが訪れたとき、モエレ沼の内陸部は不燃ゴミの埋め立て地として利用されていた。ゴミの舞い散る大地に立ったノグチは「人間が傷つけた土地をアートで再生する。それは僕の仕事です」と言い、モエレ沼公園の計画に参加することを希望した。

この公園事業に強い関心を持ったノグチの期待に応え、札幌市は公園の設計を委託。ノグチは「公園全体がひとつの彫刻作品」という考え方を提示し、周辺環境や景観との調和をはかりながら、ダイナミックな地形造成を行うというマスタープランが、瞬く間に形づくられていった。モエレ沼公園を訪れてから8ヶ月後の11月17日、ノグチの誕生パーティーではモエレ沼公園の2000分の1の模型が披露された。 ところが、予期せぬことが起こる。ノグチが急病のためこの世を去ってしまったのだ。モエレ沼を初めて訪れてから9ヵ月後のことだった。

マスタープランが完成済みであることと、詳細の指示を受けていたイサム・ノグチ財団の監修と活動を支援してきた人々の協力を得られることになったことから、札幌市は公園造成の継続を決定。ノグチの亡くなった翌年から本格的な造成工事がスタートした。 そして、1982年の造成開始から23年後、ノグチが設計に参画した1988年からは17年後の2005年、モエレ沼公園は最後の施設である「海の噴水」の完成とともにグランドオープンした。 ノグチの遺作ともなるモエレ沼公園は、札幌市の最重要テーマである「環境と文化」を見事に具現化したモデルケースであり、この公園の誕生は、札幌の歴史に誇りある新たな1ページを刻み込んだのである。

読了ライン

スポット・作品紹介

自然と一体になれる、美しいガラスの建築物
〈ガラスのピラミッド”HIDAMARI”〉
公園の文化活動拠点であり、公園を象徴するモニュメント。屋外の環境を直接反映し、夏は美しい芝生で切り取られた青空、冬は一面の雪原の美しさ、公園の風景と一体になったかのような感覚を味わえる。
ガラスで構成されたアトリウムは、「ピラミッド」と聞いたときに思い浮かべる四角錐状ではなく、一辺が51.2mの三角面と四角錐、立方体が組み合わせた複雑な形態。形状は違えども、設計当時建設していたノグチの若き友人である建築家I.M.ペイによるルーブル美術館のガラスのピラミッド(パリ、1989)へのオマージュとも言える。
館内にはレストランやギャラリー、ショップ、公園管理事務所が入り、週末には音楽やダンス、美術の展覧会なども開かれている。

公園全体を見渡せるランドマーク
〈モエレ山〉

モエレ沼公園最大の造形物。札幌市東区唯一の山であり、地域のランドマークだ。不燃ゴミと建設残土を積み上げ造成された人工の山で、登り口は3方向5ルート。階段は山肌を回遊するものと、一直線のものがあり、いずれも10分弱で登り切れる。麓からの高さは52mある。山頂部分は、札幌市内全体を見渡せる展望台で、その幅はイサム・ノグチの生誕100年にあたる完成年にちなんで2004㎝となっており、その中心部には三角点(二等基準点)が設置されている。冬にはスキーやソリ遊びが楽しめる、冬季の公園利用の拠点。

海のない札幌の子どもたちに、ノグチが贈った水遊び場
〈モエレビーチ〉

海辺をイメージした子供たちのための水遊び場。遊歩道で囲まれた、ごく緩やかなすり鉢状の敷地の中央部に、イサム・ノグチの平面造形による浅い池が設けられている。池の中心から湧き出した水は美しい波紋を描きながら、珊瑚で舗装された海辺へと広がっていく。有機的な形状の池部分は、ノグチが自らハサミを使って紙を切り抜き、形を決めたもの。夏は大勢の子供達で賑わう人気のスポットだ。

銀色に輝く空と大地をつなぐモニュメント
〈テトラマウンド〉
直径2mのステンレスの円柱を三角に組み上げ、真下に芝生の円いマウンドを盛り上げた、シンプルでダイナミックなモニュメント。巨大な円柱の表面は特殊な磨き方をしており、光線を浴びると輝きが多彩に変化。柔らかい芝の緑と金属の鋭い光が併置されることで、観るものに強い印象を与える。芝生で覆われたマウンドの上に上がり、空を仰ぎ見ることで、ノグチが目指した彫刻世界を体感できる。

「大地を彫刻する」ノグチの原点となった遊び山
〈プレイマウンテン〉
「〈遊び山〉は、彫刻を大地に関連づけるあらゆるアイディアを生成せしめる核となった作品である。さらにそれは、彫刻的風景としての遊園地の原型でもあった」
─『ある彫刻家の世界』イサム・ノグチ著、小倉忠夫訳、1969年、美術出版社

実現は出来なかったが、ノグチが1933年に発案したセントラル・パークに遊園地をつくるプランである〈遊び山〉。長年温められてきた構想が、この公園で初めて実現。大地に直接作品を彫り込むというコンセプトは、ランドスケープアートの先駆的なアイデアとも言える。瀬戸内海に浮かぶ犬島から運んできた花崗岩を積み上げた石段は99段。その斜面はギザのピラミッドなど古代の遺跡を連想させ、公園の重要なフォルムのひとつとなっている。石段の反対側の斜面には、白い一本の道が頂上へと続いています。緩やかなスロープに誘われるかのように歩みを進めると、山頂から雄大な風景が楽しめる。

桜に囲まれた、子どもたちの冒険場
〈サクラの森〉
「大人の世界ではなく、背丈90cmの人間が走り回る世界です。僕が創造したものを子どもに発見してもらいたい。原始、人がそうしたように子どもにも直接向き合ってもらいたいのです。」
―イサム・ノグチ(1988)

この場所には約1600本のサクラが植樹され、その中に、隠されるように7つの遊具エリアがある。設置されている遊具はすべてイサム・ノグチがデザインしたもの。
※現在遊具エリアは順次改修工事中。使用できる遊具についてはこちらをご確認ください

最大25mまで噴き上がる、ダイナミックな水の彫刻
〈海の噴水〉
公園の中央、円状に植栽されたカラマツ林に隠れるように設置されている直径48ⅿの大きな噴水。ノグチは、大阪万博開催時(1970年)に噴水作品を手がけるなど、「水」を素材としたさまざまな造形活動を試みていた。1988年当時は、マイアミのベイ・フロント・パークの噴水を手がけており、海の噴水はその姉妹版と言えるもの。夜にはライトアップされ、昼とは異なるさまざまに変化する光と水の表情を楽しめる。

冬はクロスカントリースキーやソリ遊びが楽しめる

イサム・ノグチ83年の生涯で最後の作品となった「モエレ沼公園」。17年という月日を費やし完成した、ノグチと札幌市の想いが詰まったこの場所は、アートと自然の持つ“可能性”を体感させてくれるはずだ。

モエレ沼公園
住所|北海道札幌市東区モエレ沼公園1-1
休園日|なし(但し、各施設はそれぞれ休業日あり)
入場料|無料
駐車料|無料
Tel|011-790-1231
https://moerenumapark.jp

photo=Courtesy of Moerenuma Park

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