TRADITION

淺野鍛冶屋の棒樋
いま知っておきたい逸品

2020.7.18
淺野鍛冶屋の棒樋<br>いま知っておきたい逸品
コークスや重油を使わない伝統的な火床(ほど)で仕上げた新作包丁・棒樋(ぼうび)(11万円〜/上)と短刀(下)。貴重な松炭をふんだんに使って赤められるため、「浸炭」(炭素供給)作用が起き、優れた刃物となる

職人の手仕事で生み出される本当に良いモノを紹介していく《いま知っておきたい逸品》。今回は短刀をヒントにつくられた “世界一切れる”包丁、淺野鍛冶屋の棒樋(ぼうび)を紹介します。

淺野太郎(あさの・たろう)
1976年、岐阜県生まれ。13歳の頃から趣味で鍛錬をはじめ、20歳で刀匠・25代・藤原兼房に入門。羽島市に鍛錬場を構えた後、カナダ、アメリカ、フランスなど各国を奔走し、刀鍛冶の魅力を広めた。2015年からは「鍛造ナイフ作り体験」も開始

火床から鋼を取り出し、手鎚を振り下ろすと、カーン! という金属音とともに火花が飛び散る。房太郎さんは顔も覆わない

蓮の葉の上に遊ぶ雨粒を思わせる美しい紋様に彩られた、光り輝く刃身。日本刀を思わせるためか、その持ち手を握る前には緊張感が走る。だが、ひとたび食材に刃を当てれば、あたりに響くのは、刃先がまな板に当たる音のみ。すとん、すとん……切っていることすら忘れるなめらかな切れ味に緊張は消え、爽快感だけが残った。

和包丁とも洋包丁とも似つかぬ鍛造包丁「棒樋」が産声を上げたのは、刀匠・房太郎こと淺野太郎さんの鍛錬場。一般的な鍛冶屋のイメージとは異なり、住宅街に建つ工房の外にはイチョウの黃葉が舞い、小学生の元気なあいさつが聞こえてくる。

だが、暗がりを保った鍛錬場に一歩踏み込めば、そこは灼熱の世界。ごうごうと轟くふいご(燃焼を促す手動の送風機)と、約700℃に赤められた鋼、白装束が神々しい房太郎さんの姿がある。その緊張感とは裏腹に、房太郎さんは、刀鍛冶に対する想いを、軽妙に語り出した。

刀匠・房太郎さんが独立後はじめて打った刀。「いま見ると至らない点が多々ありますが、これほど丁寧に鍛えたものもありません。初心のひと振りです」と語る

「淺野鍛冶屋が目指すのは、感動的なデモンストレーションや、切れる喜びを軸に据えた『エンターテインメント集団』です」。房太郎さんは“本物の刀鍛冶”を伝えるため、独立して間もない頃から、アメリカ、フランス……と国境をまたぎ、鍛造ワークショップを主催してきた。

そのかいあって、いまでは年間約500人もの外国人が淺野鍛冶屋を訪れる。「『ハイテクの根幹にある、本物のローテクが知りたい』というIT関係者が多いのが特徴です。私自身、刀鍛冶の価値を再認識できたのは、収穫でした」。

こうして手応えを得たものの、いまだ地道なチャレンジは続く。真骨頂ともいえる取り組みが、刀工の組織化だ。

「一般に、刀鍛冶の見習い期間は無給です。その間に学ぶのは、掃除や炭切りなどの地味な仕事と、鍛錬のような華々しい仕事が等価値であること。弟子の生計が立たなくては組織化は難しいので、淺野鍛冶屋では1年間の無給期間後、包丁の鍛造を担います。技術とやりがいを得た若手刀工に、より早く次世代を担ってほしいのです」。

既存の和包丁・洋包丁のどのスタイルにもあてはまらない棒樋。驚きの切れ味を、ぜひ購入して体験してみてほしい

2017年にリリースされた鍛造包丁「ASANOKAJIYA CLASSIC」は、刀鍛冶のかたわら、いまも年間240本のみを鍛造。包丁鋼の中でも最も炭素量の多い素材・白紙鋼での製造に、弟子が苦心することも珍しくない。しかし、“サムライナイフ”の愛称をもつこの包丁は、本来、家庭とは縁遠かった刀鍛冶を身近にするという副産物をもたらした。そして、高いクオリティをもったこの鍛造包丁の存在が、「棒樋」のベースとなった。

「ASANOKAJIYA CLASSICは、使いやすさと切れ味を両立したシリーズです。ただ、この包丁は、熟成魚など強い粘りのある食材にはあまり向いていませんでした。そのため、棒樋はコンセプトをまったく転換し、切れ味の面においてのみ、世界一を目指したのです。食材の細胞を壊さずに切り、アクや酸、苦みを流出させないという点では、食材に対する敬意を、極限まで払った包丁といえるでしょう」。

すでに和包丁などはスタイル別に刃物が枝分かれし、ニッポンの刃物文化は世界トップレベルに達している印象すらある。そこに新旋風を送り込むため、棒樋はこれまでの刃物にはない独自構造をとることになった。

日本刀の材料となる「玉鋼(たまはがね)」。炭素量が多いゆえに分子の変化が激しく、包丁鋼よりも格段に取り扱いが難しい

「一般的に刃物の切れ味を出すためには、刃先をとにかく薄くすればよいのですが、それでは折れやすくなります。そこで求められるのが、高い鍛造技術。偶然にも短刀とまったく同じになった原型をたたいて峰に厚みを出し、さらにその断面が二等辺三角形になるようにたたき伸ばします。その上で、柳刃包丁の裏すきのように、刃身の両サイドを削り落とし、薄い刃先を突出させるのです。この構造は、手鎚なくしては実現できません」。

理論だけに耳を傾ければ簡単に聞こえるが、鍛造の難易度が凄まじい。鋼を均一に熱するという最初の工程ですら、松炭とふいごを知り尽くしていなければならないのだ。

「ふいごで鋼を均一に赤め、たたく……一見するとプロセスそのものはシンプルなのですが、素材の扱い方が、鋼の質や強度にまで影響してしまいます。棒樋をつくるためには、正しい温度管理と正しい鍛錬、どちらも不可欠です。もちろん、玉鋼を折り返して3万以上の層をつくる日本刀の鍛造のほうがはるかに難しいですが、棒樋の鍛造も引けを取らないレベルです」。房太郎さんはそう話すと、異なる2パターンのたたき方で素材を打ち、仕上がった鋼の断面を見せてくれた。

「常在横座(じょうざいよこざ)」は、常に横座(ふいごの横)にいる心であれ、という刀匠の決意を示す。横座は、鍛冶場の代表を意味する言葉でもある

「躍起になって力任せにたたいた鋼は、組織がどうしても粗くなる。片やリラックスしてたたいた鋼は、緻密に詰まっているのがわかりますか? このように、たたくという動作は、鉄を分子レベルで操作するということ。そして、鍛造の際に、どのような想いを込めるかによって、分子構造が変わってしまうのです」。一歩間違えば、もろくも刃が崩れ去るという鍛造包丁。だが、技術ばかりを追求すれば出来上がるものではなく、あくまで包丁の出来栄えを左右するのは、刀匠の心だ。

「『刀は天下泰平を想って打て』というのが、師匠である25代・藤原兼房の教えです。もとより、刀鍛冶は農業にもたとえられるもの。作物を育てるのは、太陽や水、土。これを鍛冶に置き換えるならば、風や火、重力などが、刀や包丁を鍛えるのです。古来、このように謙虚な心を育んできた刀匠の想いを侍がくんだからこそ、日本刀を争いに使うのではなく、大切な主人を守るためのもの、心のよりどころとして身につけていたのでしょう」。

——カン、カン、カン……。房太郎さんが手鎚を振るい、鋼をたたく。リズミカルにたたくうち、火床で熱していない鋼が徐々に赤みを帯びてきた。十分に赤めたところでマッチを近づけ点火すると、刀匠は頬を緩めた。「新年最初の火起こしや、新刀をつくる際のはじめての火は、こうして起こします。私たちにとって神聖な火なのです」。自然体の刀匠から感じ取れるのは、万人への愛情と感謝のみ。その優しさに触れると、思わず棒樋をもう一度手に取りたくなった。

淺野鍛冶屋
住所|岐阜県羽島市江吉良町454-1
Tel|058-374-3818
http://asanokajiya.com

text: Akira Narikiyo photo: Kazuma Takigawa
2019年12月号 特集「人生を変えるモノ選び。」


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