TRADITION

まる工芸のオーバルボックス
いま知っておきたい逸品

2020.7.23
<b>まる工芸のオーバルボックス<br>いま知っておきたい逸品</b>
オーバルボックスはSS・S・M・L・LLの5つのサイズを展開(写真はS〜LL)。入れ子式で収納ができる。亜麻仁油ベースの植物性オイルで仕上げ、深みのある質感に

職人の手仕事で生み出される本当に良いモノを紹介していく《いま知っておきたい逸品》。今回は「用と美」を兼ね備え、いつまでも使い続けたくなる、「まる工芸」のオーバルボックスを紹介します。

大澤昌史(おおさわ・まさし)
1973年、東京都生まれ。木工芸職人。高山市の職業訓練校で木工技術を学び、1997年に地元家具メーカー・日進木工に就職。曲げ木の技法を駆使した椅子の製作に携わる。その後、築80年の古民家を住居兼工房としてまる工芸を設立。精緻な技術力に定評がある

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自らを「直感で動くタイプ」と称する大澤さん。人生も、作品も、よし悪しは基本的に自分の勘を信じて貫いてきたという。その根底に確固たるクラフツマンシップがある

楕円形の木箱の正体、それはオーバルボックスと呼ばれる、用途を問わない使い勝手のよい箱のこと。またの名をシェーカーボックスという。

シェーカーとはすなわち、キリスト教プロテスタンティズムの一宗派。質素倹約・自給自足の共同生活の中、「美は有用性に宿る」と唱え、完璧な機能美をもつ家財道具の一式を生み出した。余計な装飾をそぎ落とし、一糸乱れぬ曲線を描くオーバルボックスのフォルムもまた、シェーカー教徒が後世に伝えた美の遺産である。

「いまから15年前くらいかな。知人を介してオーバルボックスの注文が舞い込んだ。つくった経験はないけれど、『おもしろそうだな』という気持ちのほうが勝りましたね」と語るのは、岐阜県高山市に工房を構える、まる工芸の大澤昌史さんだ。

やがてアンティークへと変化する楽しみを
材質は経年変化を楽しめる桜がメイン。パーツごとに板目や柾目を使い分けながら、ひとつの作品として完成させている。小粒の釘もアンティークを意識した真鍮製

彼の出身は東京都。都心から西に離れた自然豊かな日野市で育つ。学校の授業ではとりわけ図工と技術が好きで、無我夢中で取り組んでいたそうだ。

「東京は、自分にとって環境が整い過ぎていて、興味をもつものがなかったんです。でも何かやってみたい、そんな気持ちで全国各地を旅していたら、高山の環境と雰囲気が妙に居心地がよくて、ここにたどり着きました」。

山に囲まれた岐阜県の飛騨高山は、木工品を筆頭に伝統工芸が色濃く残る人気観光地だ。そんな高山に地元の風情も重なり強く惹かれ、現地の職業訓練校で木工技術を身につけたという。

取っ手付きのオーバルボックスも人気
オーバルボックスの進化形として、長取っ手の付いたタイプを新たに発表。最もカーブがきつくなる横手に取っ手を付けるため、高度な技術力が要求される。ブラックの塗装は墨を擦り込み、木目をわずかに透過させている

「最初は木工職人として会社勤めをしていたのですが、いまの工房兼自宅となる築80年の古民家をひと目惚れと言いますか、勢いで購入しまして(笑)。ただ、家の修復を大工任せにしてしまうのが嫌で、自分ですべてやっているうちに時間が足りなくなってしまって……。自分のペースで仕事ができるようにと、まる工芸を立ち上げました」。

まさに天衣無縫という言葉がぴったりな人生を歩む大澤さんだが、彼には木工芸職人として揺るぎない信念がある。それは、「100年後にアンティークとなる作品をつくること」。ゆえに、柔らかく加工しやすい針葉樹ではなく、飛騨高山で伐採された堅牢な広葉樹を材料として使用している。

「硬い木の加工は難しい分、長持ちする。僕の夢は、世界のどこかのアンティークショップに自分の作品が並ぶことです」。オーバルボックスには、そんな彼の願いが込められている。

自宅にしつらえた工房で作業に励む大澤さん。木の選別から乾燥、切り出し、曲げ、塗装まですべて一人で行う。一工程を丁寧に進めていくという信条も、作品に表れている

四方八方を山が囲む。生命力を誇示するように生い茂る緑の森に、大澤昌史さんの自宅兼工房は静かに佇む。

ここは岐阜県高山市。市の面積の9割を森林に覆われ、古くから木工の町として栄えてきた。とりわけ優れた木工集団は「飛騨の匠」とたたえられ、飛鳥・奈良時代には朝廷の要請で宮殿や寺院の造営にその腕前を発揮した。世界最古の木造建築といわれる奈良県にある法隆寺にも、飛騨の匠の技巧が生かされているのだ。

そして近年、再び注目を集めているのが、水分と熱を使った飛騨高山の「曲げ木」の技法。うっすらと光沢を帯びるほどなめらかなオーバルボックスのカーブにも、長く受け継がれてきた職人の魂が宿る。

地元の森林組合が所有していた古い肥料小屋をもらい受け、自宅の敷地に移築したという材木小屋。丸太で仕入れた広葉樹を製材し、ここでじっくり寝かせて乾燥させている

「曲げ木のやり方は人それぞれですが、僕は蒸気を使う。薄く切った木を窯に入れ、92℃の蒸気で蒸し、柔らかくなったところを型に入れる。でも、何より大切な工程は乾燥なんです」。

大澤さんは材料となる木材を丸太のまま買い付けている。製材済みの材料を仕入れたほうが遥かに楽だが、生木の状態から木材の乾燥具合を見極めたいという理由があるそうだ。

「乾燥し過ぎると木がもろくなる。逆に水分が多いとカーブが戻りやすい。うちではだいたい2〜3年、木を寝かしています」。イチョウ・ヤマザクラ・カエデ・クリ・ミズナラ……。彼が自ら移築した材木小屋では、まるで広葉樹の見本市のように無垢の木がその出番を待っている。

広葉樹には耐久性以外にも曲げ木に適した特性がある。「カーブの内側にシワが入っていないでしょ? 広葉樹には粘りがあるので、外側も内側もきれいに仕上がるんですよ」。全方位、どこから眺めても美しい。そんなオーバルボックスは、木と真正面から向き合った職人の矜持である。

そしてもうひとつ、忘れてならないディテールが“スワローテイル”と呼ばれる燕尾型の接合部。「普通なら、曲げた木を貼り合わせると、反ったり浮いたりしてしまう。そこで燕尾型にカットして、木の抵抗力を逃がす。シェーカー教徒はこの技術を100年前には完成させていたんです」。

燕尾型のデザインは、つくり手によって多少異なる。大澤さんが紡ぎ出すスワローテイルは、流麗な曲線を描きながらもどこか力強さにあふれている。細部は丁寧に小刀で仕上げ、指でそっとなぞっても接合部はなめらかだ。

デザイン性と機能性。その見事な両立は、オーバルボックスが入れ子式であることからも理解できる。

「これはもはや様式美。使い終わったらコンパクトにしまえて場所を取らない。とても合理的で美しい所作です」。

大澤さんがつくるオーバルボックスは、たちまち人気に火がつき、いまではおよそ2カ月待ち。オーバルボックスに決まった使い道がないからこそ、さまざまなかたちの愛着が生まれ、それが親から子へ、子から孫へ。受け継ぎたい逸品となる。

まる工芸
住所|岐阜県高山市久々野町柳島1463
Tel|0577-52-3882
http://ameblo.jp/marugei
text : Junko Nakao photo : Kazuma Takigawa

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