『超訳 養生訓』の著者・奥田昌子に聞く
養生に関する素朴な疑問Q&A
江戸時代に執筆されたにもかかわらず、現代の予防医学の知見を先取りしたような健康の真理が記されている『養生訓』。益軒が説く知恵を、現役医師でもある奥田昌子さんの視点を交えながら解説してもらった。
監修=奥田昌子(おくだ まさこ)
京都大学博士(医学)。内科医。「日本人の体質を踏まえた、日本人のための健康法」を追求する中で予防医学にたどり着き、いままで30万人近くの診察・診療を行う。著書に『病気にならない体をつくる 超訳 養生訓 エッセンシャル版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。
Q.健康を意識するにあたって
日本人に必要なこととは?

医療が発展した現代だからこそ「名医や妙薬さえあれば病気は治る」といった考えがあるかもしれない。だが、養生訓には、自分が生かされていることに深い感謝の念を抱きなさいという言葉がある。「現代人は若々しくなったとはいえ『自分は健康です』と胸を張れる方は多くはありません。仮に病気で治療が必要な状態であっても、生きていること自体がとても幸運だという視点が希薄な気がしています。その点、養生訓は実に前向き。生かされているという感謝の心を見失わないようにしたいものです」
Q.なぜ『養生訓』は日本人に
合うのでしょうか?

いわゆる健康書と呼ばれるジャンルの書物は平安時代あたりから登場するが、それらの多くは中国から伝わった翻訳本。日本とは異なる大陸の食生活や体質は、自身と重ね合わせることが難しかった。「幼少期から身体が弱かった益軒は、健康になるために、医学書や薬学書から知識を得たり、病気の治った人に回復した秘訣を聞きに行ったりし、実際にそれを実践してきた人。だからこそ養生訓の教えは、彼自身が効果を実感したものばかりになっています。日本人の体質は300年前とは大きく変わっていないため、現代の日本人にも取り入れやすいのです」
Q.一番気をつけるべき
養生はなんですか?

300年前と現代で決定的に異なるのは、食の欧米化。日本人は欧米人と比べると内臓脂肪がつきやすい体質のため、食習慣の変化が肥満を起点とする生活習慣病の増加を招いたといえる。そのため、健やかに年齢を重ねたいと考えるのであれば、米、野菜、魚を中心とした昔ながらの和食こそ理想的な食事だ。しかし、食を楽しみとしている多くの現代人にとっては少々つらい選択でもある。
「100歳以上の長寿者にアンケートを行ったところ、養生訓に書かれているような食生活を実践している方が多く、110歳以上の中には糖尿病を患う方は皆無という結果が出ました。とはいえ、多くの患者は好きなものを食べ続けたいという思いが強いため、食生活の改善を提案すると強い抵抗を示されます。その場合は『食を変えたくないのであれば、まずは運動からはじめましょう』と伝えるようにしています」

歩数や体重などの数値で見える化できる運動は、達成感が得やすいので食事改善よりも続けやすい傾向があるそう。「養生に大切な運動はゆっくり走る、歩くなどの有酸素運動。まずは毎日20分間歩くことからはじめれば、2カ月後には効果を実感されている方も多いです。お腹周りがスッキリしてくると、その成功体験が自信となり、自然と食事にも気を配るようになります。和食を中心とした食生活を送るとよいでしょう」
Q.日本人が得意・不得意な
食べ物はありますか?

縄文時代までさかのぼると、日本人は穀物や木の実を中心に食べてきた歴史がある。日本人の胃腸は、じっくり時間をかけて食物繊維を分解するのに適した構造に進化したため、脂質の多いものを食べると胃もたれしやすい特性がある。
「食の欧米化で摂取量が増えたのは、牛肉と乳製品です。これらと並行するように、糖尿病、脳梗塞、さらには『欧米型のがん』と呼ばれる大腸がんや乳がんの罹患率も右肩上がりで上昇しました。また、果糖が含まれる果物やアルコールは中性脂肪に変わるため、摂取はほどほどにしたいです」
一方で、日本人が欧米人と比べて動脈硬化になりにくいのは、魚を食べてきた恩恵が大きいと考えられている。「日本人は骨粗しょう症にもなりにくいといわれていますが、それには骨からカルシウムが流出するのを防ぐ働きのあるイソフラボンを、大豆から豊富に摂取してきた背景があります。現代でも日本人の大豆摂取量は、アメリカ人の260倍にも及ぶといわれています。こうした日本人がもつ強みを伸ばし、弱みを補ってくれるような生活を送ることが、健康への近道なのです」
Q.養生に適した料理を
教えてください

ヘルシーな調理法として人気のせいろ蒸しだが、肉や魚の脂質を落とすなら、150℃以上の高温で加熱する直火焼きに軍配が上がる。「脂は表面温度が高くなるほど溶け出しますが、一方で加熱により固まったタンパク質は、消化に時間がかかります。胃腸への負担を抑えるのであれば、生で食べるのが理想的。江戸時代は胃腸の衰えによる食欲不振が活力を失わせ、ひいては寿命を縮めることに直結すると考えられていました。それゆえ養生訓にも『生ものが一番よい』という現代医学にも通じる記述が登場します」
Q.養生を続けるコツはありますか?

新年の抱負に運動やダイエットを掲げても、挫折してしまう人は少なくない。これは養生においても同様であり、何より大切なのは継続である。「習慣化に成功した周囲の人々を振り返ると、そこに共通しているのは『納得感』です。養生と聞くと根性論や忍耐を連想しがちですが、それは間違いだと益軒は説いているわけです」。スポーツの素振りの練習も、ただ毎日続けるより、その目的を理解することで日々の実践に納得できることが多い。「自分自身が心から納得し、これまでの考え方や先入観を乗り越えた瞬間に、習慣化への扉が開かれるのかもしれません」
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01|貝原益軒の『養生訓』とは?
02|長寿を証明!貝原益軒のなが~い人生
03|“養生の名言”10選
04|ウェルネスの価値観の変化
05|「食の知恵」5選
06|「運動の知恵」5選
07|「睡眠の知恵」5選
08|「心の知恵」5選
09|「お酒の知恵」3選
10|「入浴の知恵」3選
11|「身体の健康」にまつわる名言6選
12|「薬・回復」にまつわる名言4選
13|養生に関する素朴な疑問Q&A
text: Discover Japan, Ryosuke Fujitani, Natsu Arai photo: Kazuya Hayashi illustration: Minoru Tanibata
2026年6月号「ウェルネス入門」


































