TRADITION

ウェルネスの価値観の変化
|300年前の養生が、いまの健康のヒントに。

2026.7.19
ウェルネスの価値観の変化<br>|300年前の養生が、いまの健康のヒントに。

『養生訓』が書かれた1713年から2026年までの約300年で、人々の健康意識や生活習慣はどのくらい変わり、どのくらい変わらなかったのか。現役医師であり『養生訓』を編訳した奥田昌子さん監修のもと、異なる時代の価値観を見比べながら養生のヒントを見つけてみよう。

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《食》
摂取成分が大きく変化!?

〈1713年〉
1日2食でもカロリー摂取量は同じ!?
江戸時代は、初期は朝夕の2食、元禄期以降に3食になったといわれている。その食生活は、江戸を中心に外食が発展し、町人以上の階級にとって生きるための食事から娯楽へと変化した。「益軒は、『脂っこいものは控えなさい』、『おやつを食べるなら食事を減らしなさい』など、飽食の時代に警鐘を鳴らしています。その多くが現代に通じる考えなので取り入れたいです」。

〈2026年〉
カロリーは少ないが、脂質が多め
日本の食生活は、明治の文明開化をきっかけに高度経済成長期を経て、肉や油脂、乳製品が急増し、欧米化した。「カロリーの総摂取量で見ると、現代は益軒の時代とあまり変わりません。大きく変わったのは摂取成分で、食の欧米化以降、圧倒的に脂質が増えました。同じカロリーでも脂質としてとる場合は糖質より脂肪として蓄積されやすいので、肥満につながりやすいです」。

《運動》
運動不足という考えが生まれる

〈1713年〉
もともと歩く人たちにとって、運動とは鍛錬
江戸時代の主な移動手段は言わずもがな徒歩だった。「日常的に歩く頻度が高かったため、運動しなければならないという発想はなく、木刀の素振りなど鍛錬の意味合いが強かったと思います。ただ、駕籠が普及して便利になり、階級社会で武家や商家は小者・丁稚などの奉公人を使うようになっていたので、益軒は『何ごとも、できる限り自分でせよ』という助言を残しています」。

〈2026年〉
有酸素運動が養生のための運動に
現代は3人に1人が運動不足といわれ、世界中で問題になっている。「運動不足はジムでの筋トレで解消するという考えが主流ですが、生活習慣病対策の運動として効果的なのは有酸素運動です。ジムではエアロバイクやランニングマシーンを取り入れ、日常生活でも息が弾むくらい早く歩く習慣をつけると高血圧や高血糖予防になるのでおすすめです」。

《睡眠》
環境の変化で睡眠時間が減少

〈1713年〉
早寝早起きが一般的だった
元禄時代より菜種油が安価になり、庶民にあんどんが普及し、夜の活動時間が延びたが、睡眠時間は現代より長かったといわれている。「益軒は早寝早起きを養生の基本とし、特に『夜に眠れなくなるので昼寝をしてはいけない』と強調しています。これはその通りで、身体にとって睡眠時間より睡眠と覚醒のリズムが大切なので、昼寝は20分以内にとどめたいところです」。

〈2026年〉
世界的な寝不足大国ニッポン
「令和6年版厚生労働白書」によると、日本人の平均睡眠時間は、女性は7時間37分、男性は7時間46分。先進国の中で低い水準であり、慢性的な睡眠不足が問題視されている。「現代の睡眠環境は整っていますが、睡眠の質は高いとはいえません。それは個別の寝室などスタイルの変化やデジタルデバイスの普及が原因です。まず同じ時間に寝る生活リズムを習慣づけましょう」。

《心》
メンタルケアはいまも昔も大切

〈1713年〉
礼儀の厳しさによるストレス社会
江戸時代の武家は、礼節や忠孝に縛られたストレス社会を生きていた。尾張藩の記録には、将軍近侍職が「気分不快引籠」と、メンタル面の不調から欠勤を繰り返したという記録も残っている。「そのような時代に益軒は『心を静かに落ち着け、怒りを抑えて欲を少なくし、いつも楽しんで心配しないことが心を守る道だ』と説きました。この考えは養生における普遍の核心です」。

〈2026年〉
情報過多などによるストレス社会
日々流れてくる大量の情報や不安定な国際情勢など、現代を生きる人は、暮らしの中でさまざまなストレスにさらされている。「いまは身体のケアと同じくらいメンタルケアも大切なことが広く浸透しています。日々患者と接していて、心に不安を抱える方に共通しているのは、ご自身を見失っていること。自分の尊厳を守るために、まず何より自分を大切にしましょう」。

《酒》
酒文化の多様化!?

〈1713年〉
庶民の社交に欠かせないツール
1657年の「明暦の大火」の復興で労働者需要が増え、江戸の町を中心に居酒屋が普及したといわれている。「お酒は現代と変わらず社交のツールでしたが、身分社会だったので、いわゆるアルコールハラスメントがまかり通っていたそうです。また、落語や時代劇にも庶民がお酒で身体を壊す描写があるので、益軒は繰り返し『飲み過ぎに注意』と警告しています」。

〈2026年〉
ノンアルも広がり、健康志向に
現代の日本における酒文化をひと言で表すなら多様化だろう。それは種類だけではなくスタイルもしかり。「コロナ禍以降、昔のような宴会が減り、ノンアルコールが普及したことでお酒の場が寛容になりました。ただ、データとして東アジア人は欧米人やアフリカ系と比べてお酒の影響が身体に出やすいので、気をつけていただきたいです。特に寝酒の習慣は危険とされています」。

《お風呂》
蒸し風呂から入浴、そしてシャワーのみへ

〈1713年〉
蒸し風呂から入浴に変わる過渡期
日本の入浴習慣が蒸し風呂の蒸気浴から湯船に入浴するスタイルに変わったのは、銭湯が普及した江戸時代と伝わる。「当時はエアコンのない環境だったので、寒い冬に身体を温めるために熱いお湯に入りたいという人が多かったと思います。それに対して益軒は、身体を温め過ぎると負担になるので、適温・適量がよいと助言しています。これは現代の養生にも通じる考えです」。

〈2026年〉
シャワーだけのタイパ入浴
若い世代を中心に現代の入浴習慣で顕著なのは、湯船に浸からずシャワーで済ませる人が多いこと。「それは養生の観点で考えると問題で、自律神経をととのえたり、心身のリラックス効果を考えると季節を問わずゆっくり入浴するのが一番よい。日々の入浴に加え、益軒が『療養するなら温泉選びは慎重にせよ』と記しているように、日本は温泉大国なので湯治もおすすめです」。

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ニッポンの養生入門
01|貝原益軒の『養生訓』とは?
02|長寿を証明!貝原益軒のなが~い人生
03|“養生の名言”10選
04|ウェルネスの価値観の変化

text: Discover Japan, Ryosuke Fujitani, Natsu Arai photo: Kazuya Hayashi 
2026年6月号「ウェルネス入門」

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