江戸時代の健康指南書
貝原益軒の『養生訓』とは?
人生100年時代を生きるヒントは、すでに江戸時代のベストセラー『養生訓』に記されていた。約300年読み継がれてきた名著のエッセンスを、現役医師であり『養生訓』を編訳した奥田昌子さんに、いまあらためて教えていただいた。

監修=奥田昌子(おくだ まさこ)
京都大学博士(医学)。内科医。「日本人の体質を踏まえた、日本人のための健康法」を追求する中で予防医学にたどり着き、いままで30万人近くの診察・診療を行う。著書に『病気にならない体をつくる 超訳 養生訓 エッセンシャル版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。
人生100年時代に注目したい
『養生訓』

江戸時代中期の1713年に、儒学者・博物学者・医学者・本草学者など、多才な肩書をもつ貝原益軒によって書かれた『養生訓』は、日本で最も長く読み継がれてきた健康書の古典のひとつだ。「養生」とは、8~9世紀頃に中国大陸から伝わった、「日々の暮らしの中で命を養い、健康を保つ」という思想。養生訓にはそのための知恵と実践法が書かれている。
「一般的な健康書と大きく異なるのは、健康であることが幸せを生むという儒学の倫理観に立脚していることです」と教えてくれたのは、予防医学の第一人者であり内科医の奥田昌子さん。「自分を律し、慎み深く過ごし、自然に感謝しながら、良心に従って生きる。そういった倫理観は日本人の心に普遍的に響く考えです」

現在の薬学にもつながる本草学をはじめ、さまざまな学問や大陸の文化に精通していた益軒が、養生訓で取り入れているのは朱子学の思想だ。「宇宙や社会、人の身体、精神まで、あらゆる事象は共通する法則に従っているという思想が朱子学。西洋的な考え方で、益軒は幼少期や京都に遊学していた際に、医学者に欠かせない科学的なスタンスを育みました」
その一方で、対照的な実践主義である陽明学の「知行合一」の考え方も取り入れている。「知行合一とは、『行動しない知識は、知ったことにならない』という概念です。つまり益軒は、科学的な根拠に基づき自ら実践することで、実用的な健康法をいくつも編み出してきたといえます」
江戸時代だけで12回重版、
明治時代にもベストセラーに!

幼少の頃から病弱だった益軒は、さまざまな学問を研究しながら、自らの身体で効果を確かめ、よりよい養生のメソッドを模索した。平均寿命が30~40代だった時代に84歳まで生き、晩年まで旅を楽しんだその人生がエビデンスであり、養生訓は彼の経験則の集大成といえるだろう。
養生訓は、出版直後から評判を呼び、幕末までの約150年間で12回も重版され、現代に至るまで繰り返し出版されたロングセラーだ。その理由について、奥田さんはこう話す。「益軒が生きた元禄時代は、太平の世で文化が成熟し、食も生きるために必要なことから、娯楽として楽しむ時代になりました。加えて、気持ちの余裕なども生まれ、健康への意識が高まっていたこともポイントです」

『病気にならない体をつくる 超訳 養生訓 エッセンシャル版』 (ディスカヴァー・トゥエンティワン) 奥田昌子編訳 1430円
また、その頃には印刷技術も向上し、誰もが手軽に書物を手に入れられるようになったため、養生訓はさまざまな階層の老若男女が読める平易な日本語で書かれた。
「そして、日本の歴史・文化・武士道にも通ずる精神性に基づいた内容である点も、大衆に広く受け入られた理由です」
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text: Discover Japan, Ryosuke Fujitani, Natsu Arai photo: Kazuya Hayashi
2026年6月号「ウェルネス入門」

































