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建築家・堀部安嗣の自邸
中編|あるものを生かし、永く生き続ける家をつくる

2026.5.3
建築家・堀部安嗣の自邸<br><small>中編|あるものを生かし、永く生き続ける家をつくる</small>

アルヴァ・アアルトの「夏の家」しかり、古今東西の建築家の自邸といえば、自らの思想をかたちにし、「これからの住宅のありよう」を探るための、実験住宅としての存在意義をもつものだ。堀部安嗣ほりべやすしさんが自邸を建てる中で試みたこととは?神奈川県葉山町に、その住まいを訪ねた。

堀部安嗣(ほりべ やすし)
建築家。1967年、神奈川県横浜市生まれ。1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2016年、「竹林寺納骨堂」で日本建築学会賞(作品)を受賞。近刊に『別冊太陽スペシャル 建築家 堀部安嗣 人と自然のあいだに、ずっとあるもの』(平凡社)がある。

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「住環境の心地よさ」を
つくり上げる要素とは?

暮らしを快適にする家事動線
浴室の隣の洗面所。ここで室内干しすると、風通しや全館空調の効果ですぐに乾く。十和田石の床には床下暖房を入れており、バスマット要らず

では、そんな「住環境の心地よさ」をつくり上げる要素には何があるのだろう。まずは温熱環境だが、この家では「頭寒足熱」の環境を、平屋だからこそできる仕組みで整えている。夏場の空調には、天井裏のチャンバーで冷やした空気を流す「天井冷房」を採用し、「キンキンに冷やすのではなく、暑くなく過ごせるくらいの気温」にしている。これは住宅では珍しい空調システムだそうだ。一方で冬場は、床下にめぐらせた配管に湯を通して暖める「床下暖房」を連続運転。一般的なものより低温かつ省エネで、無垢の床板が反らないのも大きな利点と安嗣さん。

「こうした冷暖房は、高気密高断熱の躯体にしたからこそ効き目がある。電力もむやみに使わずに済みます」

台所は食堂と横動線でつながる。天板は一枚のステンレスで成形し、継ぎ目がないので掃除が楽。並んだ籠には布巾などを収納している

しかしながら、人はただ安定した環境に居続ければ心地よいかと言ったら、案外そうでもない。だから時々サンルームに移動して外気を肌で触れ、すぐそこにある庭の自然と親しむ。居間を広く取るよりも、そうして行き来できる半戸外の空間を設けたほうが、暮らしに豊かさをもたらすのだ。

あるものを生かして
永く生き続ける家をつくる

本物の素材を随所に生かして
右)居間の壁。かたちも色も不揃いな辺材を、棟梁がバランスよく貼った。 真ん中)食堂と台所の床板は杉材。あえて幅を揃えないことで、製材時に無駄を出さず、美しい木目を生かせる。左)タタミ室のガラリ戸

次に素材については、「あるものを生かすこと」を主眼に、「規格外などを理由に使いにくいとされるが、紛れもなく本物である素材」を採用した。たとえば居間と台所を仕切る低い壁は、B級品とされて市場に出回らなかったれんがを積んで漆喰塗りに。また居間の壁には、檜の丸太から角材を取った後に残る「辺材」を天日干しして貼り、濃い焦げ茶色で暗さを生み出した。

心身を整える空間も
アトリエの隣には音楽室がある。「ドラムがたたける環境を求めて、苦節30年(笑)。仕事に集中して疲れたら、気分転換にひとときたたきます」。友人たちとセッションすることも

「細くて凸凹した材だから表面積があって、蓄熱性や調湿作用、吸音性に優れています。香りもいいですよね」。いずれも職人が手と感覚を働かせてこそかなう施工だ。「先人たちが60年前に植えてくれた木や、職人さんが磨いてきた技術を『ご先祖さま』とするなら、それを新建材や新技術などの『若者たち』が支えているといった感じかな(笑)。そうした恩恵を享受してつくった家だから、日々感謝して暮らしています」と安嗣さんは言い、こう続けた。

浴室のかたわらに設けた本格的なサウナ。壁や天井には檜の辺材を貼っているが、その調湿作用は素晴らしいという。訪れた友人や所員たちが楽しんでいくこともよくある

「建築家が手掛ける家って、ごく個人的なものになりがちですよね。でも僕らが目指すのは、ホモ・サピエンスとしての人が誰しも心地よく暮らせる家です。そんな『ご飯と味噌汁』みたいな家ならば、少し改築すれば誰かが住み継げるし、そうすれば家は永く生き続けられるでしょう。あるものを生かしていくにはどうしたらいいのか。これからの家づくりの姿を、この家で少しでも伝えられたらうれしいですね」

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【後編】
図面で読み解く暮らしの工夫とは?

 
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建築家・堀部安嗣の自邸
01|生身の人間だけが感じる「住環境の心地よさ」
02|あるものを生かし、永く生き続ける家をつくる
03|図面で読み解く暮らしの工夫

text: Shiori Kitagawa photo: Maiko Fukui
2026年3月号「訪ねる建築 暮らす建築」

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