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スタイリスト高橋みどりの
食べること、生きること、いつもの日常

2020.6.9
スタイリスト高橋みどりの<br>食べること、生きること、いつもの日常

本誌でもおなじみの各業界で活躍する著名人に、おうち時間の過ごし方やアイデアを聞く《DJ的・おうち時間の充実計画》。東京と栃木で2拠点生活を送っているスタイリストの高橋みどりさんは、この機会にあらためて自身の“日常”を見つめ直しました。

高橋みどり(たかはし・みどり)
スタイリスト。さまざまな料理本のスタイリングに携わる。現在は書籍や雑誌などで、うつわや食回りの発信をメインに活動(小誌にて連載中)。週末は栃木県の黒磯にある自身の店・タミゼクロイソにて暮らしの道具や書籍を販売。東京・黒磯の2拠点生活

「フードロスを起こしていたのは自分自身だった」

思いがけない時間ができた。思いがけない問題が起きた。とても不安ではあるけれど、どこか静かな気持ちで「とうとうきたか」と思っていた。こうなることを私たちは感じていたし、予想していたはずだった。けれどきちんと向き合ってこなかったし、その準備もしていなかった。こんなことになると予想していたのに何もしてこなかったことに向き合いたいと思う。まずはほんの些細なことからはじめてみた。

食を通した仕事をしながらも、目先のものを追いかけてフードロスを起こしていたのは自分自身だった。多めに買ってしまう料理の食材は、冷蔵庫の野菜室で溶けそうになっていることもあり、美味しいと評判の調味料、乾物、乾麺などは賞味期限を遥かに過ぎていたり、冷凍庫保存したままのもの、いただきもののお茶類も積み重なっている。

まずはこんなところから、食材を常備している棚の掃除をし、取り出しやすく、見やすく整理をする。たやすく買い足し、だぶついていたものは、古い物から使いはじめてみる。ある物を無駄にしないで美味しく食べる工夫をする。とうの昔に賞味期限の過ぎた乾麺は腐らないけれど、さすがに美味しくはなかった。昨年の夏以来冷凍庫で眠らせていた餃子の皮は水分が飛びつつあったけれど、多めの油で揚げ餃子風にしたら、まだいけた。でもこんな努力は余計なお世話、美味しいものは美味しいうちにいただくのが一番である。

今回の生活は2拠点生活の地、栃木の家で過ごしている。思えば生活のベースとしている東京と、夫の故郷である栃木とを行ったり来たりの2拠点生活も12年目となった。深い考えはなく、古くて大きな魅力的な建物に住みたいという思いからはじまった。毎週繰り返すこの生活を苦痛に思ったことは一度もなく、むしろ気がつくと、いつしか栃木の家での時間を心地よいと感じている。

朝は近所の赤松林でウォーキングをする。何か気持ちのいいことをしたいと思ったら、身体が動いていた。行きは大股で深呼吸をしながら歩く、帰りはリズムをつけて小走りで。無理せずに、気持ちよくなるくらいの自分のペースを見つけた。日を重ねるほどに冬から春への植物の変化、いろいろな鳥の鳴き声に気づく。これまでに身体のためにと通ったジム、ヨガ、ピラティス、水泳……は、どれも続かなかったけれど、このシンプルな歩くことの気持ちよさは赴くままに続けたい。

食べるとは、生きることだと思っている。この生活の中でもつくづくそれを実感している。身体の時間軸が食事で構成されていると言えばオーバーだけれど、それゆえに、この生活に入ってからもまったくぶれはなかった。朝食は、ありがたいことに朝8時に焼きたてが揃うパン屋がある。焼きたてホカホカのバゲットにバターを挟み、かぶりつく幸せを味わっている。昼は解凍ごはんのチャーハンや、乾麺を使っての麺物など。あるものからの工夫料理が多い。

このあるものから考える、なるべくなら飽きのこないように工夫することが案外楽しくなっている。灯台下暗し……久々に料理本を熟読し、その存在のありように納得する。食材の在庫やら状況を気にしながらの作業(以前なら無頓着だったこと)が、頭の体操になっている。こういう機会がなければ、なかなかシリアスにならなかったことだ。

晩ごはんとなれば、まずはアペリティフからはじめたい口である。18時前にはアペリティフのアテを準備し、18時になればいそいそとセッティングをする。ときには夫がカクテルをつくる。買い置きのチーズやサラミ、つくり置きピクルス、野菜を駆使して気分を盛り上げるべく気の利いた盛りつけをしてみる。要するにいままであまりやらなかったような、チマチマした感じに演出してみたりする。案外そんなことは職業柄気恥ずかしくてやらなかったことなのだが、これがなかなか楽しい。

まずは「今日もありがとう」と一日に感謝する乾杯をし、今宵をはじめる。19時になり、すでに下準備しておいたメインとなる料理をつくる。昨日はトンカツとたっぷりの野菜サラダ。普段なかなかやらなかったこんな揚げ物も、チャレンジと思えば楽しくもなり、意外と美味しくできたとなれば癖になる。我が家でのごはんは、美味しいなあとしみじみ思う。

食後は日々、映画鑑賞か読書の時間。最も映画鑑賞は日常茶飯事ながら、こういう時間には本に手が伸びる。今晩のしめのお茶を淹れる。夜の時間はたっぷりとある。昼間は仕事もあり情報も見たいから、ついついPCをいじることが多くもなるので、夜になればなるべくなら遠退きたい気分だ。ふと、あの人は元気かしらと顔が浮かび、手紙を書きたくなることが多くなった。

ゆっくりとやりたいことをやる時間を過ごし、早い夜に眠りに就き、たっぷりと眠る。熟睡し翌朝は気持ちよく目覚める。こんな習慣がいつの間にか出来上がっていた。が、考えてみれば普段とそう大きくは変わらなかった。より整理されただけのことだったのだ。ただ、何が必要で必要でないかという本質がとても明解に感じられるようになったと思う。

この思いがけない時間は12年目の2拠点生活と重なり、これからの生活がより鮮明に見えてきた気がする。そんなことを気づかせてくれた貴重な時間だったと思いたい。


執筆=2020年4月14日
text=Midori Takahashi illustration=Shuku Nishi
2020年6月号 特集「おうち時間。」


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