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日本人の心のふるさと
《伊勢神宮》の森の秘密
“産霊”の力に満ちる神宮の森【中編】

2023.10.18
日本人の心のふるさと<br>《伊勢神宮》の森の秘密<br><small>“産霊”の力に満ちる神宮の森【中編】</small>

2000年以上も続く悠久の歴史を誇る伊勢神宮。20年に一度の式年遷宮により、常に新しくみずみずしい姿を誇り、神宮を抱くように広がる豊かな森では大切に継承されてきた木々が育まれている。今回は、「常若」を象徴する神宮の森で行われる檜の育成作業をご紹介。

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鳥のさえずりが耳に優しい深い森。檜のほかイチイガシ、アセビ、榊など多彩な広葉樹で構成されている。将来的に目指すのは、胸高直径60㎝以上の檜の大木が100本/haとなる森

神域である内宮を包み込むように広がる宮域林。大御神の山としてあがめられ、約1300年前に第1回の式年遷宮で御杣山と定められた神聖なる山を、特別な許可をいただいて訪れた。
 
檜を育成するための人工林。そんなイメージに反して、多様な樹種が共存する森が眼前に広がっていた。面積の樹種別割合では、檜と広葉樹がほぼ半々。檜のみの単純林でなく、あえて混交林としている背景には、確固たる理念が込められている。「一度植えて伐採したら終わりではなく、その営みを長いスパンで繰り返していかなければなりません。さまざまな落ち葉が土に還ることで、よい檜が育つ肥沃な土壌になる。結果として、風致景観や五十鈴川の水源涵養の機能も保たれる。それでこそ神宮の森なのです」と神宮技師の山本祥也さん。効率だけを追求することなく、森林本来の生態系や多様性を保全する。これぞ、神宮全体が永く健やかであり続けるために必要不可欠なことなのだ。

「自分たちよりも遥かに樹齢を重ねた大樹を目の前にすると、畏敬の念を抱きます」と山本さん。そこには先人を尊ぶ思いも。御用材の供給という明確な目的とともに、持続可能な森づくりにも力を注ぐ

森の至るところに、白い二重線が幹に記された檜が佇む。「大樹候補木の目印です」と山本さん。御用材には、正殿で一番太い柱である棟持柱など、1m以上の胸高直径が求められるものも。それらを想定し、大径のヒノキを育成する。「幹の通直性(木目が軸方向にまっすぐ通っている)、太さ、根張り、枝ぶり具合などを見極め、早い時期に選定しています」。大樹候補木と枝先が触れ合う隣の木は、優先的に間伐。太陽光を受けやすく土壌保全にもなり、成長促進が期待される。
 
100年前にスタートした神宮森林経営計画。折り返し点である現在の経過をうかがった。ある区画を例に取ると、昭和初期に植栽された檜は1haあたり3000本。95年の間に8回の間伐が行われ、現在は200本/haと1割以下にまで絞られている。この数字は、ほぼ計画通りという。檜の平均直径は54㎝と順調に成長。大樹候補木に加え、胸高直径60㎝を目指す御用材候補木、それぞれ3万数千本が選定済みだ。綿密に管理された、全国の山でも稀有なモデルといえる。
 
神宮の森はまた、神が宿る地の象徴としても深い意味をもつ。檜の下に生い茂る広葉樹の中には、「常若」を象徴する榊も。檜は成長すれば種を採取し、畑で苗を育て、苗木は再び山へ。大木が伐り出された後も、若木が幹を太らせてバトンをつなぐ。再生と循環という永遠のサイクル、「常若」の精神は、この森の生態系そのものなのかもしれない。

森の中に無数にある切り株。頻繁に間伐を施しているため、その年代もさまざまだ。すっかり苔むして土に還りつつある切り株のそばに、新たに芽吹いた植物も。命の再生と循環を実感させられる

現在、神宮の森を守る神宮司庁・営林部は総勢30名。山本さんのように森林経営計画を作成、実行する技監・技師、山火事の予防などのためパトロールする森林監守、木に登っての種取りや植栽、保育、間伐など檜の育成作業に直接携わる林業作業員からなり、年齢は20代から60代までと幅広い。

神宮の鳥居にしめ縄はなく、榊がひっそりと飾られている。参拝者を迎える、いつも青々とみずみずしい姿に注目したい

神宮森林経営計画が檜の育成の指標とする200年まで、あと100年。いま従事している人々が“その日”を見届けることはかなわない。大樹候補木を前に、山本さんは語る。「営々と尽力してきた先人の努力があって、ようやく森林資源の利用が可能となります。将来を見据えて自然の力を信じ、誇りをもって取り組んでいく。自然や先人に対して感謝の気持ちを常にもち、受け継いだ森を未来につなぐ。それが私たちの使命です」。自然を保護すること、森林資源を伐採し持続的に活用することの両立を目指しているとも。
 
前回の遷宮では、間伐材ではあるものの、宮域林から御用材の一部分を供給することができた。これは実に、約700年ぶりのことだという。少しずつ、だが確実に、御杣山は伊勢に還りつつある。自然と人の営みがつくる永遠の森。常に若くみずみずしい姿を保ち続ける神宮を、静かに支えている。

読了ライン

古くから神道において神聖な存在とされてきた榊。同じく清浄な木とされる檜と共生する様子に、神宮の森ならではの不思議なパワーを感じずにいられない。
ペンキで白く二重線がつけられた、樹齢約100年の大樹候補木。遷宮で崇高な役目を果たす時を、これからさらにおよそ100年待ち続ける

 

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text: Aya Honjo photo: Mariko Taya
Discover Japan 2023年9月号「木と生きる」

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