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シンスケ 湯島/居酒屋【前編】
《粋に呑みたい江戸の酒》

2023.1.29
シンスケ 湯島/居酒屋【前編】<br><small>《粋に呑みたい江戸の酒》</small>

昔もいまも、酒は浮世の憂いを払い、心をゆるめるためにもいいものだ。そして酒は粋に呑みたいもの。東京・下町には、江戸の流れをくむ呑み方がある。酒場に通うマッキー牧元さん、江戸料理家のうすいはなこさんが愛する粋な店とは。

マッキー牧元
(写真左)タベアルキスト。味の手帖取締役編集顧問。年間外食数は600食。日本中を日々飲み食べ歩き、さまざまなメディアでリポートする。著書に『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社)など多数

うすいはなこ
(写真右)江戸料理家。東京・下町在住。日本酒と魚をこよなく愛する。料理教室主宰。季節や行事食、食卓文化を伝えながら、江戸料理や地域の魚食文化をいまに伝える。著書に『干物料理帖』(日本書院本社)がある

湯島の居酒屋シンスケで
江戸流の粋な呑み方を二人、ほろ酔い語り

粋に呑むということ
 
マッキー シンスケにはじめて来たのは20代後半。先代がまだ若い頃です。
うすい 私も28歳でした! 御徒町に勤めていて、上司に連れられて。
マッキー まぁ若いときからいろんな居酒屋で呑んできましたが、そこでのお客のほとんどが年配の男性の一人客。僕がかっこいいなと思うのが、カウンターなら、まず、呑む姿勢がいいですね。盃の持ち方もきれいで、口を隠しながら呑むのが板についていたりする。
うすい 一人で楽しそうに呑んでいる方はいいですね。
マッキー 呑んでいる姿に「私はお酒を愛しています」というのがにじみ出ていますよね。そういう方は注文の間が見事。主人の動きに合わせて頼んでます。
うすい 人の手を止めるのは野暮です。
マッキー テーブルにのっているのは2品ぐらいです。それでカウンターの領域から絶対にはみ出さない。
うすい そうそう!
マッキー あとね、お手拭きのビニールはきちんと畳むか、ポッケに入れる。割り箸の紙は畳んで箸置きにしたり。それらの位置がずっと一緒なんです。それは自分が気持ちいいというよりも、隣の人が気持ちいいんですね。

酒は秋田の「両関」ひと筋。辛口の本醸造、やや甘口の純米酒、樽酒(10月〜5月)の3種類。本醸造は、東京の人たちの味覚に合うよう特別に造ってもらっている

燗酒と居酒屋

マッキー じゃあ樽酒をいただきましょうか。燗にして。最初は「ぬる」がいいかな。
うすい 私は基本的に1杯目から燗酒です。ぬる燗から入って熱燗で出たい。そうそう、酒場で「とびきり燗」を出されたら、「あんた酔っ払ってるよ、帰りなさいよ」という合図です。
マッキー 美味しいね、こりゃ。樽酒最高! お燗は優しい感じになる。
うすい そもそも江戸時代は燗酒ですね。お客さんが来たときは冷飯出さないのと同じで、常温で出すのは失礼なことでした。
マッキー 居酒屋ができたのは江戸後期のこと。もともと酒屋は、自分の「通いとっくり」を持っていって、酒を入れてもらって帰るところだった。
うすい 新酒ができると酒屋が杉玉を掲げて、「今年もいい酒ができました」とお客に振る舞ったのですね。
マッキー そのうちにその場で飲ませろよ、ってやつが出てきたんです。居座るよ、というのが居酒屋の語源。
うすい 酒屋の嫁は地方の人が多かったようです。それで、嫁の産地の珍味を居酒屋で出したの。それが名物になって、居酒屋文化は発展していく。
マッキー 昔、印象的だったのが、三つ揃いのスーツを着た70代ぐらいの男性のお客で、店の盃とは違う平盃で呑んでいて。「常連は違うんだな」と思っていたら、お勘定して、胸から絹の白いハンカチをスッと出して包んで帰って。その振る舞いがまた自然で……。
うすい マイ盃を自慢しないのがいい。
マッキー あと、粋な方は、呑むペースが最初から最後までずっと同じ。いまだに僕はできません(笑)。だんだんペースが速くなっちゃって。
うすい うちの父は神田生まれの江戸っ子で、そういえば酒を呑むときはしゃべり過ぎるな、と言っていました。美味しさが口から逃げるからと。

東京下町の居酒屋でまず頼みたい「したし豆」。原型は「味噌豆」という江戸のお総菜だが、普通の大豆ではなくて山形産青大豆なのがシンスケ流。かつて東北との玄関口だった上野駅周辺では北日本の食材が入手しやすく、2代目夫人(当代祖母)が気に入って食卓に取り入れたのを、4代目が赤こんにゃく、青海苔寒天と合わせて酒肴に仕立てた。660円

江戸料理とは何か

うすい 江戸料理とは、郷土料理です。
マッキー 酒場の肴といえば、したし豆、湯豆腐、ぬた、魚田。
うすい 魚田は鮎などを焼いて上に田楽味噌を塗った魚の田楽ですね。
マッキー あとは煮しめね。数の子、里芋、おでん、しじみ汁、卯の花……。フグにねぎま汁、冬はあんこう。
うすい 江戸は職人の町。しっかりとした味噌や醤油の味が好まれました。酒の旨みを生かす調理法も多いですね。酒煮とか酒浸しとか。
マッキー 煎り酒なんて酒そのもの。
うすい 酒には20種を超えるアミノ酸が入っていますから。あと素材から出る出汁を上手に使います。ハマグリの汁とか。うちでは煮魚の次の日は卯の花でした。残った煮汁を使って。
マッキー 江戸料理は華美ではないですね。緻密に計算されているけれど堅苦しくない。なんてことはないよという顔をして出され、家でつくってみようかと思わせるけれど、決して再現できない。
うすい ものすごく仕事していますからね。
マッキー 自慢はせず、心意気ですね。料理店で「この店は仕事してあるね」とよく言うのは包丁仕事のことです。同寸で切ってあるとか。
うすい シンスケの仕事は見事です。それでいて行き過ぎていない。薬味を天盛りするにしてもこれみよがしではありません。主人の話も好き。江戸の酒場はやっぱり落ち着きますね。

16時台の来店客は落語帰りの方も多い。悠然と、どこかうれしそうに皆、杯を傾けている

「粋だなと思う方は
まず、呑む姿勢がいいですね。
背筋を伸ばして盃を迎えにいかない」

マッキー牧元

「酒場は、さりげなく来て、
さりげなく帰るのが基本です。
楽しく呑んで美味しく食べて、
呑み足りなければ次の店へ」

うすいはなこ

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《粋に呑みたい江戸の酒》
1|シンスケ 湯島/居酒屋【前編】【後編】
2|どぜう ひら井 本所吾妻橋/どじょう
3|はち巻岡田/小料理屋
4|神田まつや/蕎麦
5|桜なべ中江/桜なべ

text: Yukie Masumoto photo: Kenji Itano
Discover Japan 2023年1月号「酒と肴のほろ酔い旅へ」

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