写真家・浅田政志さんが切り取る、
三重の文化を伝える人々
|伊勢神宮編
2020年に公開された映画『浅田家!』の原案にもなった、心温まる家族写真で知られる三重県津市出身の写真家・浅田政志さん。そんな浅田さんが、伊勢神宮と熊野古道 伊勢路の文化を守り伝える方々を訪ね、想いをうかがって撮影しました。今回は日本人の心のふるさとと親しまれる伊勢神宮編です。
浅田政志(あさだ・まさし)
1979年、三重県津市生まれ。日本写真映像専門学校卒業後、写真家として独立。専門学校在学中から撮りためた家族写真をまとめた写真集『浅田家』(赤々舎)を発表し、第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。国内外で個展を開催し、著書も多数。写真集『浅田写真局 まんねん』(青幻舎)も発売中
神宮の森
日本人の心のふるさとと親しまれる伊勢神宮(正式名称は神宮)。神宮の内宮を抱くように神宮宮域林(きゅういきりん)が広がり、神宮司庁営林部の30名ほどの方々が、この森を護(まも)っている。社殿の御造営用材(社殿などの造営に用いる木材)として将来的に残す木を早い時期に選定。2重の線が記された大樹候補木(御正殿の象徴的な柱の候補となる木)は育成期間を200年とする
未来に向けての森づくり
※式年遷宮|20年に一度、社殿と神宝を新調して天照大御神(あまてらすおおみかみ)にお遷りいただく神宮最大の神事。常に瑞々しいご社殿で、永遠に変わらないお祭りが行われることに大きな意義がある
神宮の内宮を抱くように広がり、神宮の境内地として管理されている「神宮宮域林」。神宮の森と呼ばれるこの宮域林に、神宮の社殿などに用いる檜を育てる場所がある。一般の人は入れない神聖な山に、今回特別な許可をいただき、浅田さんが訪れた。「内宮とつながっている感じがしました。もっと山奥で檜が整然と並ぶ風景を想像していましたが、そうじゃない。まっすぐに伸びた檜に混じっていろいろな木が気持ちよく枝を広げていました」。
約1300年前より式年遷宮が行われるようになると、宮域林は社殿などの造営に用いる木材「御造営用材」を切り出す御杣山(みそまやま)と定められた。ところが鎌倉時代後期から檜の適材が不足し、美濃や木曽などほかの森から供給されるように。そこで神宮は1923(大正12年)、式年遷宮に用いる檜を計画的に育てていく「神宮森林経営計画」を策定。棟持柱(むなもちばしら/御正殿の象徴的な柱)など、胸高直径が1m以上の檜を要するものもあり、それらを200年かけて育てていくという目標を立てた。その候補となる木に2重線を記し、「大樹候補木」とした。「いま私たちが育てている大樹候補木は、大正時代に植えられてからやっと100年です。100年後に棟持柱として役目を果たすときがきても見届けることはできません」。神宮技師の山本祥也さんが言った。200年生の森をつくるとはそういうことだ。30年、40年とこの山に奉職したとしても、彼らはその一部しか携わることができない。「だからこそ将来の人たちに、この時代にしっかり山をつくったから良材があり、式年遷宮をまっとうできると思ってもらえたらうれしい」と。
宮域林は天然林と人工林がほぼ半々の割合になっているが、人工林といえどもそこでは上層木の檜を主に、中層や下層では種が落ちて成長した広葉樹が旺盛に育っている。効率重視ではなく、森林生態系の調和を大切にした理想的な姿がそこにはあった。
この日、営林部の方々と山に入った浅田さんは、大樹候補木の周りの木をチェーンソーで間伐する様子を間近で見た。「大きな機械音がやみ、静かな森の中で木がメキメキメキとひずんでいく音。ボーンと倒れたときの衝撃。空気が揺れる感じというのかな。初めての体験でした。檜のすごくいい香りが漂ってきて」と浅田さん。
木の成長に合わせて枝打ちし、大きく育てる木の成長を促すために周囲の木を抜き切りしていく間伐は、梅雨の時期を除いてほぼ1年を通して行われるという。山の仕事はほかにもある。秋は20m以上もの檜に登って葉の先に付いた球果を外し、中から種を取り出す。春を待って苗畑に種を撒き、3年後の春、小さな苗木が山に戻される。林業作業員たちは周りの草を刈って苗木の成長を見守る。
昨今、日本各地の山では、森林飽和や山林放棄といった問題を抱えている。その中で神宮の森はひとつの理想郷のように思えた。ほかの山々と何が違うのかをたずねると、「私たちは育てた木を何に使うかが決まっています。適材を生産するためにどんな森がいいかが明確だから、山づくりしやすいのだと思います」という答えが返ってきた。200年という長い歳月で、携わる人は変われど方針は揺るがない。神宮の神職の方々はこの山を見るたびに、宮域林に携わる人々への尊敬の念がわくそうだ。自分の代では完結しない仕事を受け継ぎ、その行為が未来永劫、式年遷宮を支えていくと。未来を見据えた森づくりを誇りに思う、そうした人々に支えられている神宮を訪れてみたい。
撮影を終えて
日本を代表する場所を支える方たちを撮影した浅田さん。撮影時の感想をうかがいました。
「撮影の日に間伐した木は樹齢59年ほど。森の中で聞いた林業作業員の方たちの言葉が忘れられません。その木は彼らよりも年上で、先輩方が植えたものです。だから伐採するときは先人に感謝せずにいられない。一本一本、そういう気持ちで仕事をしていると話してくれました。手塩にかけた木が大きく育ち、御造営用材として使われるときに、自分たちはこの世にいない。こんなにスパンが長い仕事がほかにあるでしょうか。静かな森で常に感謝の心をもちながら、未来へとつなぐ仕事をする人たちがとても格好いいと思いました」
伊勢神宮とあわせて訪れたい
おすすめ周辺スポット
舟参宮の餅屋からクラフトビール工房へ。
新しい挑戦を続ける
伊勢角屋麦酒(いせかどやびーる)
伊勢神宮へ海路で向かう舟参宮。その舟着場にあり、江戸時代より前から餅屋を営んできた角屋(現「二軒茶屋餅」)だが、その歴史にあぐらをかくことはない。18代目主人は味噌と醤油の醸造をはじめ、そして微生物のプロでもある21代目の現主人はビールづくりに挑戦。伊勢の森で野生酵母を採取するところからはじまり、いまではビールの国際大会で7年連続最多受賞の品質を誇る。地ビール工房に併設する直売店「麦酒蔵(びやぐら)」では定番商品から直売店限定品まで10数種類が並び、「伊勢角屋麦酒 内宮前店」では樽から注ぐ生ビール6種を味わえる。
二軒茶屋餅 角屋本店
住所|三重県伊勢市神久6-8-25
Tel|0596-23-3040
営業時間|7:30~18:00(時期により変動あり)
定休日|なし
伊勢角屋麦酒 内宮前店
住所|三重県伊勢市宇治今在家町34
Tel|0596-23-8773
営業時間|11:00〜20:00(19:30L.O.)、コロナの影響で現在は10:00〜17:00(16:30L.O.)
定休日|なし
https://www.biyagura.jp
伊勢の伝統工芸をいまに伝える
若き職人グループ
「常若(とこわか)」
伝統工芸の担い手をつなぎたいという思いで2012年に立ち上がったプロジェクト「常若」。伊勢根付(ねつけ)、伊勢型紙、伊勢一刀彫、漆芸(しつげい)に携わる6人の職人たちが、工芸体験や制作実演などを通してそれぞれの魅力を伝えている。例えば江戸時代に印籠(いんろう)などの小物入れをひもで帯からつるして持ち歩くときに用いた留め具・根付。伊勢根付は伊勢・朝熊山(あさまやま)のツゲの木でつくられるのが特徴だ。ごく小さいもので、360度すべてに彫り込まれる繊細な彫刻と遊び心のある意匠が魅力。外宮参道沿いに佇む刃物店「伊勢 菊一」向かいの「金近(かねちか)」には、常若メンバーの作品を常設。併設のサロンでは根付教室も行っている。
常若
https://tokowaka.jimdofree.com
伊勢 菊一
住所|三重県伊勢市本町18-18
Tel|0596-28-4933
営業時間|9:00~17:00
定休日|なし
https://isekikuichi.com/
伊勢 菊一 金近
住所|三重県伊勢市本町6-4シャレオ2階
Tel|0596-63-5410
営業時間|10:00~18:00
定休日|水曜
https://isekikuichi.com/kanechika/
外宮と内宮を結ぶ参宮街道沿いで
江戸時代から続く老舗旅館
江戸時代、伊勢の古市といえば、街道沿いに遊郭(ゆうかく)や芝居小屋、旅館が建ち並び、遠路はるばるお伊勢参りにやってきた旅人で大いに賑わっていた。この地で唯一、現在も営業を続け、歴史的建造物に泊まれると人気なのが「麻吉(あさきち)旅館」だ。創業200余年。かつては参拝を終えたお客に「精進落とし」として遊興を提供する料亭だった。急斜面に沿う木造の建物は国の登録有形文化財で、建築様式は京都の清水寺と同じ「懸崖(けんがい)造り」。その脇を抜ける階段や急坂の風景、調度品などが展示されている資料館とともに、江戸時代の面影をいまに伝えている。
麻吉旅館
住所|三重県伊勢市中之町109-3
Tel|0596-22-4101
料金|1泊2食付1万3800円~(税・サ込)
伊勢神宮への便利な行き方
伊勢神宮へのアクセス
【名古屋方面から】近鉄名古屋駅から伊勢市駅まで近鉄特急で約1時間20分
【大阪方面から】大阪難波駅から伊勢市駅まで近鉄特急で約1時間45分
【伊勢市駅から】外宮まで徒歩で約5分、内宮までバスで約15分
text:Yukie Masumoto, Aya Honjo photo:Akane Yamakita
協力=みえ観光の産業化推進委員会(三重県観光魅力創造課)
2021年5月号「美味しいニッポントラベル(仮)」