ニセコ
《SHIGUCHI/シグチ》
人と自然、アートをつなぐ ギャラリーステイ|序章
ニセコ町から里山を走り、ほどなく羊蹄山のダイナミックな姿が現れる。20分も走れば、やがて車は原生林に覆われた倶知安町花園地区へと入る。目指すはギャラリーステイ「シグチ」。アートとともに過ごす宿である。人里離れた別世界、ここまで来たらやっぱりロングステイしたい。“自然と人のつながりを取り戻す場”とうたう唯一無二のステイ先だ。
文=せきねきょうこ
ホテルジャーナリスト。1994年から現職。仏アンジェ・カトリック大学留学後、スイスの山岳リゾート地で観光案内所に勤務。環境・もてなし・癒しの3テーマを軸に現場取材主義を貫く。著書多数
www.kyokosekine.com
時空を超え大切なものをつなぐ
どこか懐かしく心地いい空間
ニセコ積丹小樽海岸国定公園内に広がる倶知安の原生林。その美しい森の真っただ中に家族とともに暮らす英国人、ショウヤ・グリッグさんの創る世界が広がる。ニセコのシンボルである雄大な羊蹄山を眺め、美しくなだらかな稜線を描くニセコアンヌプリのふもと、「自分の故郷にも似ている」という自然を愛するショウヤさんは、写真家として周辺の環境の美しさに心酔し、圧倒的な大自然の驚異をカメラに収めている。アーティストである彼の現在の肩書は、写真家のみならず、クリエイティブ・ディレクター、ホテリエでもありマルチな才能にあふれている。
そして、ショウヤさんは自分の生きるニセコ・花園を舞台に、己の人生の一部を“ショウヤ・グリッグ トリロジー”とし、フェーズを3つに分けた。
第一章のスタートを切ったのは2015年、現在の「シグチ」に隣接する日本旅館「坐忘林(ざぼうりん)」のプロジェクトだった。山林が広がる約4万㎡もの土地に、当時、3名の外国人オーナーの一人として先頭に立ち、スタイリッシュな日本旅館を創り上げた。「坐忘林」と名づけ、日本旅館の概念を覆し、何が快適で何が日本文化の神髄かを斬新に表現したのである。話題となった「坐忘林」は、時を経ずに高級旅館の仲間入りを果たしている。
彼が第一章において説いたのは「坐忘とは静座して現前の世界を忘れ雑念を除く」こと。白銀、艶やかな紅葉、慈しみの温泉など自然の恩恵、自然が織りなす光の陰翳の中で心静かに整える隠れ家とした。また日本家屋特有の美意識“陰翳礼讃”を意識。物怖じしない彼の斬新な発想の下で大胆にデザインされ、旅館づくりに新風を巻き起こしたのである。
そしていま、ショウヤさんは第二章、ギャラリーステイ「シグチ」創造に奮闘中。自らすべての指揮を執り、全身全霊で取り組み汗を流す。
そもそも「シグチ」とは、日本建築に用いる、匠の技を生かすジョイントのこと。柱や梁、桁などを組み合わせ接合する方法や接合箇所を指している。釘などを使わずに一分の隙間もなくつながれる仕口(しぐち)。ショウヤさんは第二章のテーマ「つなぐ」とした。
「人生において、目に見えないもの、本当に大切なものを見出し、それらを“つなぎ”新たな物語を紡ぐ。さまざまな体験を通して自分が成長すれば社会にも貢献できるようになる」と己の人生哲学を語る。昨年開業した「そもざ カフェ&ギャラリー」と、「シグチ」の現状に触れたいと、私たちは北海道へと飛んだ。
ショウヤさんの目指す第二章「シグチ」は4月に開業するが完全に完成するのはまだ先のことらしい。現在完成しているヴィラ3棟とすでに営業中の「そもざ」はまだファーストステップなのだ。それでも3棟並ぶ勇壮なヴィラは圧巻であり、取材陣全員沈黙し、その迫力ある姿に見入った。
広大な森に点在するこれら3棟の古民家は、昔話の童画のように懐かしく、異次元の館のようでもある。ショウヤさんは「これからも施設は増える」とほほ笑む。確かに現在のプロジェクトは、まだはじまったばかりなのだろう。「シグチ」が完成に至るにはあと何年かかるのか、妥協のない彼の第二章をここから少しひも解いてみたい。
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text: Kyoko Sekine photo: Shouya Grigg, Shinsuke Matsukawa
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