“コメディエンヌ・坂東玉三郎”を堪能!
攘夷女郎伝説をめぐる人間ドラマ
シネマ歌舞伎『ふるあめりかに袖はぬらさじ』
歌舞伎の舞台を映画館で楽しめる「シネマ歌舞伎」。その多彩な演目は、毎月1週間ずつ異なる作品を全国の映画館で上映する「月イチ歌舞伎」、10月の上映作品は、有吉佐和子原作の戯曲を初めて歌舞伎として上演した『ふるあめりかに袖はぬらさじ』。
開港直後の横浜にあった「港崎(みよざき)遊廓」を舞台に、時代に翻弄される人々を描いた傑作だ。坂東玉三郎をはじめ豪華競演者が舞台を彩る本作品、全国の映画館にて2021年10月22日(金)から28日(木)まで上映。観に行く前に、あらすじや作品背景を予習しておこう。
悲しい恋が攘夷女郎伝説に!
時は幕末、開港まもない横浜の遊郭「岩亀楼(がんきろう)」では、亀遊(きゆう)という名の遊女が病に伏せていた。見舞う者も少ない中、亀遊が吉原にいた頃からの知り合いで、現在は岩亀楼で芸者をしているお園だけが、足しげく看病に訪れていた。
ある日、お園が見舞いに来ると、亀遊のもとに岩亀楼お抱えの通辞である藤吉が現れた。岩亀楼の外国人客の通訳をしながら医学を志す藤吉は、亀遊に薬を届けていたのだった。二人の仲を察したお園は、秘密にすると約束しその場を去る。
岩亀楼では開港以来、日本人のほか外国人の客も受けていて、外国人の相手をする遊女は「唐人口」と呼ばれ、区別されていた。この日は商人の大種屋が貿易相手の外国人・イルウスを伴ってやってきた。
唐人口の遊女たちのエキセントリックな見た目に辟易したイルウスは、大種屋の相手としてやってきた病み上がりの亀遊に一目惚れ。亀遊が唐人口ではないことを理由に断られると、金で亀遊を買い取ると申し出る。その交渉の通訳は、亀遊の恋人である藤吉が任されていた。傷つき、その場を去った亀遊は自らの運命を儚み、命を絶つ。
亀遊の死からしばらく経ったある日、攘夷派の浪士たちが岩亀楼になだれ込んできた。かわら版が亀遊の死について「異敵に身請けされるのを拒んでの死」として報道したのを真に受け、「攘夷女郎」と称えて岩亀楼を訪れたのだった。かわら版に話を合わせたお園は後には引けず、「攘夷女郎伝説」に否応なしにひと役買っていく……。
幕末の歴史的背景を最大限に活かした魅力の舞台
黒船来航をきっかけに歴史の表舞台となった横浜。本作では、開港直後の横浜を舞台として、激動の時代を生き抜いた人々を活き活きと描いている。物語はフィクションだが、史実や実在の人物が随所に登場し、物語に説得力を持たせている。
例えば、物語の引き金となる遊女・亀遊は、幕末に実在したと言われている。さらに、亀遊が身を置く岩亀楼は、港崎遊廓に実在した遊女屋で、随一の勢力を誇った大店だった。港崎遊廓の移転以降も営業を続けたが、現在は横浜公園に設置された「岩亀楼」と刻まれている石灯籠だけがその存在の面影を残している。
そして、物語の後半に登場する攘夷派の浪人たちの話題には、大橋訥庵(おおはし とつあん)の名前が度々登場。この人物は、幕末の尊王攘夷運動に大きく影響を与えた人物で、大河ドラマ『青天を衝け』では、渋沢栄一の従兄弟・長七郎が訥庵の開いた「思誠塾」に入門。多くの同志が集まり、一時は過激派の一大勢力となった。作中で訥庵は既に没しており、師を偲んで集う門下生が芸者・お園に出逢い攘夷女郎の話を聞くところから物語は急展開していく。
幕末の時代背景を踏まえて描かれた本作では、歴史に名を遺していない市井の人々のたくましさが光る。死して名を遺した偉人たちとは違う、彼らの生き様に注目したい。
“コメディエンヌ”坂東玉三郎と豪華競演者
じつは『ふるあめりかに袖はぬらさじ』の初演は歌舞伎ではなかった。もとは1972(昭和47)年に名優・杉村春子が主演した文学座の舞台。作家・有吉佐和子が小説を自ら戯曲化した。
坂東玉三郎は、1988(昭和63)年にお園役を初めて務め、以降度々上演を重ねてきた。このシネマ歌舞伎は、出演者すべて歌舞伎役者で、歌舞伎として初めて上演された公演を収録したもの。
流されやすいがお人好しの芸者・お園役は、最高峰の女方として名高い玉三郎の“コメディエンヌ”としての魅力を存分に堪能できる。お園が攘夷女郎伝説を語って聞かせる場面は一番の見どころだ。
さらに、やり手の岩亀楼主人役に中村勘三郎、薄倖の遊女亀遊に中村七之助、米国留学を夢見る通辞藤吉に中村獅童、コミカルな演技で観客を沸かせた唐人口遊女に中村福助、亀遊を身請けしたいと申し出る外国人役に坂東彌十郎、攘夷派浪士に坂東三津五郎や中村芝翫……、贅沢な配役が歌舞伎ファンにもたまらない。
情緒ゆたかな幕末の人間ドラマを、最高のキャストで楽しんでみてはいかがだろう。
月イチ歌舞伎2021
『ふるあめりかに袖はぬらさじ』
上映期間|2021年10月22日(金)~10月28日(木)
上映館|東劇ほか全国の映画館にて(詳細はこちら)
料金|一般2200円、学生・小人1500円
上映時間|164分(別途休憩あり)
出演|坂東玉三郎、中村勘三郎 ほか