燃え上がる娘の恋の恨み
「京鹿子娘道成寺」白拍子花子と所化
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑
名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、歌舞伎舞踊を代表する「京鹿子娘道成寺」に登場する踊り娘の白拍子花子と道成寺の所化です。
おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp
歌舞伎の演目を大まかに分類すると、お芝居、踊り、のふたつになります。そして、踊りは当初は、専ら女形の出し物でした。お芝居の主なる登場人物は立形(男役の役者)が務め、女形は女房役、恋人役など立形の相手役という位置づけだったので、バランスを取って「踊り=女形の活躍の場」という価値観が、初期の歌舞伎では重んじられたからです。
『娘道成寺』の初演は、1753年。上方の歌舞伎の女形の名優が、江戸の歌舞伎に客演したときに、披露された踊りです。当時のことですから、京・大坂から江戸までは、東海道ならば半月はかかります。同じ日本でも、東と西は、まったく別の文化圏。江戸の歌舞伎のお客は、現代でいえば、外国の大スターの踊りを見るような感覚で、芝居小屋に詰めかけたんだと思います。
道成寺は紀州、いまの和歌山にある名刹ですが、本来は女人禁制のお寺でした。美男の僧の安珍は、旅の宿で、清姫という娘と契りを交わしますが、彼女のあまりの情熱にされ、明くる朝一人で宿を発ってしまいます。取り残された、と知って逆上し、猛然と追いかける清姫。安珍はたまらず、道成寺の境内へと逃げ込み、釣鐘を下ろしてその中へすっぽりと身を隠します。
しかし! 清姫の執念はすさまじい。その身はみるみる、巨大な蛇体となって、安珍のありかを突き止め、鐘にぐるぐるととぐろを巻いて彼を完全に封じ込めます。ついには恋の恨みの炎で、自らの身を焦がし、鐘と安珍もろともに焼け死んでしまうのでした。
……というわけで、もとの鐘が失われてしまった道成寺では、その後、新たな鐘が建立され、そのお披露目を迎えます。所化(修行僧)たちが集まっているところに、謎めいた美しい白拍子花子(踊り娘)がやって来て、私にも鐘を拝ませてください、と頼みます。
白拍子の美貌にメロメロの所化たちは、おどりを見せてくれるならば、特別に……と、女人禁制にもかかわらず彼女を境内へと入れてしまうのですが——彼女の正体こそは、清姫の怨霊なのです。出来たての新しい鐘にも、とりついて、恨みを晴らしたいのですね。
静かに鐘を拝み、その響きに耳を澄ます雰囲気ではじまる踊りが、少女のあどけない恋から、大人の女の濃密な恋へと、次第に熱を帯びていき、とうとう最後には鐘に上がって独り占めして、所化たちを震え上がらせる。
満開の桜の中で繰り広げられる、圧巻の舞台絵巻です。
text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2019年6月号 特集『天皇と元号から日本再入門』