TRADITION

燃え上がる娘の恋の恨み
「京鹿子娘道成寺」白拍子花子と所化
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑

2020.11.26
燃え上がる娘の恋の恨み<br>「京鹿子娘道成寺」白拍子花子と所化<br><small>おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑</small>
「鐘を拝ませてください」とやって来た、謎めいた美しい踊り娘・白拍子花子の正体は…

名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、歌舞伎舞踊を代表する「京鹿子娘道成寺」に登場する踊り娘の白拍子花子と道成寺の所化です。

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp

歌舞伎の演目を大まかに分類すると、お芝居、踊り、のふたつになります。そして、踊りは当初は、専ら女形の出し物でした。お芝居の主なる登場人物は立形(男役の役者)が務め、女形は女房役、恋人役など立形の相手役という位置づけだったので、バランスを取って「踊り=女形の活躍の場」という価値観が、初期の歌舞伎では重んじられたからです。

『娘道成寺』の初演は、1753年。上方の歌舞伎の女形の名優が、江戸の歌舞伎に客演したときに、披露された踊りです。当時のことですから、京・大坂から江戸までは、東海道ならば半月はかかります。同じ日本でも、東と西は、まったく別の文化圏。江戸の歌舞伎のお客は、現代でいえば、外国の大スターの踊りを見るような感覚で、芝居小屋に詰めかけたんだと思います。

道成寺は紀州、いまの和歌山にある名刹ですが、本来は女人禁制のお寺でした。美男の僧の安珍は、旅の宿で、清姫という娘と契りを交わしますが、彼女のあまりの情熱にされ、明くる朝一人で宿を発ってしまいます。取り残された、と知って逆上し、猛然と追いかける清姫。安珍はたまらず、道成寺の境内へと逃げ込み、釣鐘を下ろしてその中へすっぽりと身を隠します。

しかし! 清姫の執念はすさまじい。その身はみるみる、巨大な蛇体となって、安珍のありかを突き止め、鐘にぐるぐるととぐろを巻いて彼を完全に封じ込めます。ついには恋の恨みの炎で、自らの身を焦がし、鐘と安珍もろともに焼け死んでしまうのでした。

白拍子花子の美しさに負けて彼女を境内に入れてしまう道成寺の所化(修行僧)たち

……というわけで、もとの鐘が失われてしまった道成寺では、その後、新たな鐘が建立され、そのお披露目を迎えます。所化(修行僧)たちが集まっているところに、謎めいた美しい白拍子花子(踊り娘)がやって来て、私にも鐘を拝ませてください、と頼みます。

白拍子の美貌にメロメロの所化たちは、おどりを見せてくれるならば、特別に……と、女人禁制にもかかわらず彼女を境内へと入れてしまうのですが——彼女の正体こそは、清姫の怨霊なのです。出来たての新しい鐘にも、とりついて、恨みを晴らしたいのですね。

静かに鐘を拝み、その響きに耳を澄ます雰囲気ではじまる踊りが、少女のあどけない恋から、大人の女の濃密な恋へと、次第に熱を帯びていき、とうとう最後には鐘に上がって独り占めして、所化たちを震え上がらせる。

満開の桜の中で繰り広げられる、圧巻の舞台絵巻です。

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2019年6月号 特集『天皇と元号から日本再入門』


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