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よくわかる!歌舞伎の基礎知識Q&A

2020.12.1
よくわかる!歌舞伎の基礎知識Q&A

知っているようで知らない歌舞伎の世界。「歌舞伎俳優はみんな御曹司?」「芝居中に客席から聞こえる成田屋!中村屋って?」「歌舞伎の内容にジャンルはあるの?」そんな素朴な疑問にお答えします。

解説
花道会
歌舞伎を愛好する団体として、平成20年に代表・塚田圭一氏によって発足。観客の立場から歌舞伎を支え、その普及と振興を掲げ活動している。

Q.歌舞伎って誰が見ていたの?
A.もともと庶民の娯楽です

江戸時代、歌舞伎は庶民の熱狂的な支持を受け、役者の声色(物まね)教室までできるほどの人気を博した。芝居見物となれば、行く前に周囲へ吹聴してうらやましがらせ、行ってきたら芝居の内容を語って聞かせ、また自慢するというのまで、芝居見物の楽しみのひとつだったほど、誰もが「見たい!」と熱望する娯楽だった。しかし芝居小屋はお上からは「悪所」と呼ばれ、武士階級は足を踏み入れてはならないところ。つまり歌舞伎は身分ある者のものではなく、あくまでも下々のための娯楽だったのだ。だが芝居小屋には、ほかの客から顔が見えないように御簾のかかった席も用意され、武士階級の者も出入りしていた。

歌舞伎が高尚になったのは明治以降。外国からの賓客に見せるようになったのがきっかけだった。日本の国威を示すために、芝居小屋は絨毯敷きの立派な劇場になり、「悪所」の歌舞伎が「世界に誇る日本の芸術」として、扱われるようになる。華族階級も堂々と劇場に来られるようになり、身分の上下なく誰もが楽しめる、日本を代表する娯楽になったのだ。

芝居小屋の集まる芝居町の賑わいを描いた絵。人気俳優の名を染め抜いたのぼりが立ち、人々の表情に高揚感がうかがえる。
歌川国芳「芝居町繁栄之図」/太田記念美術館蔵

Q.歌舞伎俳優はみんな御曹司なの?
A.そうとも限りません

主役級の俳優の多くは、先祖代々歌舞伎俳優という御曹司がほとんど。だが現在世界を舞台に活躍している五代目坂東玉三郎や、六代目片岡愛之助のように、御曹司でなくても才能と努力でトップクラスに上り詰める俳優も、ごくわずかだがいる。

そのほかは歌舞伎俳優に直接弟子入りをするか、国立劇場に付属する伝統芸能伝承者養成所に入り、芸を学んできた俳優たち。こちらはいわゆるその他大勢。セリフがつかない役も多いが、いまや歌舞伎俳優の約3割は、伝統芸能伝承者養成所出身者であり、歌舞伎が好きで仕方がないという、情熱あふれる彼らが一生懸命演じている。スターは歌舞伎の華。だが華を支える彼らなくして、歌舞伎の舞台は成り立たないのだ。

Q.成田屋!中村屋!って何?
A.歌舞伎俳優の屋号です

江戸時代、芝居小屋が「悪所」と呼ばれたことからもわかるように、当時は、歌舞伎は上品で高尚なものではないとされ、幕府から蔑まれていたため、歌舞伎俳優の身分は低かった。そこでご贔屓筋が「せめて商人の身分に」と、彼らに店を持たせてくれたのだ。お世話になったご贔屓筋の名前などを店名(屋号)にしたため、俳優の名字とは違うことが多い。

ちなみに中村勘九郎・七之助の家は屋号も「中村」だが、これは先祖の出身地の地名を使ったもの。それがたまたま名字と同じ中村だったのだ。

〈主な屋号一覧〉
明石屋(あかしや)|大谷友右衛門家
音羽屋(おとわや)|尾上菊五郎家・坂東彦三郎家
澤瀉屋(おもだかや)|市川猿之助家
紀伊国屋(きのくにや)|澤村宗十郎・田之助家京屋(きょうや)|中村雀右衛門家
高麗屋(こうらいや)|松本幸四郎家
高砂屋(たかさごや)|中村梅玉家
高島屋(たかしまや)|市川左團次家
瀧乃屋(たきのや)|市川門之助家
橘屋(たちばなや)|市村羽左衛門家
天王寺屋(てんのうじや)|中村富十郎家
中村屋(なかむらや)|中村勘三郎家
成駒屋(なりこまや)|中村歌右衛門家・中村鴈治郎家
成田屋(なりたや)|市川團十郎家
播磨屋(はりまや)|中村吉右衛門家
松嶋屋(まつしまや)|片岡仁左衛門家
三河屋(みかわや)|市川團蔵家
山城屋(やましろや)坂田藤十郎家
大和屋(やまとや)坂東三津五郎家
萬屋(よろずや)|中村歌六家

Q.襲名って何?なぜ名前が変わるの?
A.いわば出世魚のようなものです

襲名とは、大先輩の名前をもらうこと。多くは親子代々で名を継ぐ。襲名する名前は、かつて芸と人気でその名を知られた、先人たちのものなので、その名を受け継ぐということは、その名に恥じない実力を身につけたか、あるいは今後身につけると見なされたということになる。襲名は一度ではなく、大きくなるたびにイナダ→ワラサ→ブリと名が変わる出世魚のように、二度三度と段階を経て最高位の名前を継ぐ。

〈中村歌右衛門家の場合〉
中村歌右衛門←芝翫←福助←児太郎
〈中村勘三郎家の場合〉
中村勘三郎←勘九郎←勘太郎
〈市川團十郎家の場合〉
市川團十郎←海老蔵←新之助
〈尾上菊五郎家の場合〉
尾上菊五郎←菊之助←丑之助

Q.歌舞伎の内容にジャンルはあるの?
A.大きくは四つに分けられます

1.時代物
平安時代や鎌倉時代、室町時代が物語の舞台になった、江戸時代の時代劇。現代の時代劇を見てもわかるように、時代物は勇ましい武士などが活躍する、ヒーローものが多い。江戸時代、圧倒的に男性の人口が多かった(※途中からは女性も増えた)江戸では、こうした格好いい男が活躍する時代物が大人気だった。

2.世話物
しみじみした夫婦や親子の情愛、恋人同士の結ばれぬ恋などを描いた作品群。いわば江戸時代の現代劇だ。ハッピーエンドものもあるが、特に人気が高かったのは、上方では「心中物」。いまの昼メロのような作品が、女性たちのハートをわしづかみに。江戸では「白浪物(盗賊が主人公)」が人気だった。

3.所作事
舞踊劇のこと。ほとんどセリフがなくて、踊りの振り付けで気持ちを表現する作品だ。ストーリーの内容は長唄、、など演奏する人たちが歌う、歌詞に組み込まれている。美しい情景や勇ましい動きなどが見どころになっていて、続き物の錦絵をめくっているような楽しさがある。

4.新作歌舞伎座
明治以降につくられた作品を指す(明治以降を新歌舞伎、第二次世界大戦以降を新作歌舞伎と分ける説も)。菊池寛の『籐十郎の恋』、長谷川伸の『一本刀土俵入』、三島由紀夫の『鰯売恋曳網』などが有名。最近では蜷川幸雄、野田秀樹や宮藤官九郎ら、別ジャンルの劇作家も、歌舞伎の新作を書いている。

Q.江戸歌舞伎と上方歌舞伎の違いって?
A.江戸はヒーロー物、上方は恋愛物です

江戸歌舞伎の大スターは「荒事」と呼ばれる勇壮な作品を得意とする市川團十郎。一方、上方歌舞伎の大スターは「和事」と呼ばれる細やかな情愛を描く作品を得意とする坂田籐十郎と、人気俳優もそれぞれ土地の好みを反映している。

人口の男女比率で圧倒的に男性が多い江戸では、マーケティング上、男性の好みが優先されるため、命がけで闘う豪傑が八面六臂の活躍をするヒーロー物、男が憧れる男の物語が大人気。一方商人が多い上方では、そういう殺伐とした物語よりも庶民生活に密着した物語、町人が主人公の恋愛物が当たる。そこで描かれるのは、愛に生き恋に死ぬ男なのだ。

江戸は超人的パワーをもつ男が悪者をやっつけるヒーロー物(上)、上方は美しい男女の恋愛物(下)が大人気。
上)三代歌川豊国「御誂見立狂言 三代目沢村田之助の錦升女 初代河原崎権十郎の和藤内三官 五代目坂東彦三郎の呉将軍甘輝」(部分)
下)初代歌川豊国「三代目沢村宗十郎の伊左衛門 三代目瀬川菊之丞の夕きり」/いずれも太田記念美術館蔵

Q.立役、女形はどうやって決まる?
A.最終的には本人次第です

立役とは男性を演じる俳優、女形とは女役を演じる俳優のこと。代々歌舞伎俳優という御曹司であれば、それぞれの家の芸があり、得意の役どころを演じることから、「○○家なら立役中心」、「○○家なら女形中心」(中にはどちらも演じる家もある)と、生まれた家によってどちらを演じるかは自ずと決まってくる。しかし外見や個性が家の芸と合わないという場合もあり、本人の意思で家の芸とは違う役を演じることもある。御曹司以外の俳優は、その作品ごとに、役がつけば立役でも女形でも演じる。

立役の中でもきれいで線の細い役は、女形を得意とする俳優が演じることも珍しくない

Q.歌舞伎十八番って?
A.市川團十郎家のお家芸です

1832年に、七代目市川團十郎が定めたもので、「歌舞伎狂言組十八番」という。初代、二代目、四代目の團十郎が初めて演じた作品の中から18作品を選んだ。『暫』、『助六』、『勧進帳』など、現代でも人気の高い作品がいろいろあり、この中の作品を市川家以外の俳優が演じることもある。

『勧進帳』は、弁慶が花道から去るときの六法という豪快な足運びが見どころのひとつ。
三代歌川豊国「古今俳優似顔大全 市川家系譜」(部分)/太田記念美術館蔵

Q.スーパー歌舞伎、平成中村座って?
A.現代的演出の歌舞伎です

スーパー歌舞伎は当時の三代目市川猿之助(現二代目猿翁)が1986年に創出した新しいスタイルの歌舞伎。オペラや京劇など、ほかの演劇のよさを積極的に取り入れ、壮大な物語とスペクタクルな舞台演出で、「スーパー歌舞伎」というジャンルを確立した。代表作は『ヤマトタケル』。

平成中村座は、昨年末急逝した中村勘三郎が、江戸時代の芝居見物の楽しさを体験できるよう、当時の芝居小屋を模した仮設劇場を設営。2000年に『隅田川続俤 法界坊』を上演したのを皮切りに、仮設劇場のみならず、既存の劇場も使い、毎年のように「平成中村座」を冠した公演を行ってきた。

スーパー歌舞伎一番の見せどころは、ヤマトタケルの魂が白い鳥になり飛び立つシーン。ワイヤーを付けて客席上空を飛ぶ

text:Ichiko Minatoya illusturation:Mariya
2013年4月「新しい歌舞伎入門」


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