『勧進帳』の舞台「石川 安宅の関」
おくだ健太郎の歌舞伎でめぐるニッポン
日本各地に残る歌舞伎の舞台を、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、関所をめぐる緊迫感あふれる攻防が魅力の名作「勧進帳」の舞台となった石川県の安宅の関です。
おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、イヤホンガイド、TVなどで活躍。http://okken.jp
この連載、今回が最終回となります。長らくのおつき合いを賜り、本当にありがとうございました。
フィナーレを飾るにふさわしい、名作『勧進帳(かんじんちょう)』をご紹介します。歌舞伎きっての名門・市川團十郎家の家の芸「歌舞伎十八番」の中でも、とびきりの人気とドラマ性を誇るこの演目は、能の様式、演出をはじめて歌舞伎に、大々的に採り入れた作品でもあります。
歌舞伎って、衣装の華やかさにしても、舞台の飾り付けにしても、「足し算の美学」のイメージが強いです。演技も起伏に富んでいる。それに対してお能は、松の描かれただけのシンプルな舞台で、表情を抑え、記号化された動作で進んでいく「引き算の美学」です。
だから、初演(1840年)されたとき、すごくモダンな、実験的な作品だ、と受け取られたと思いますね、「勧進帳」は。具体的な舞台装置や衣装をまったく用いないのに、早春の北陸の、冷たい風が吹き波音がこだまする、海辺の関所というロケーションや、そこで展開する濃密な人間ドラマが、本当に鮮やかに描かれてますから。
この関所・安宅の関(あたかのせき)に、源義経は、兄・頼朝との不和にさいなまれた末、京を逃れて東北へと落ちていく道中、さしかかりました。待ち受ける関守は、富樫左衛門といって、頼朝の命令を受けた切れ者です。義経と家来たちを、通行させてなるものか、とにらみを利かせています。
義経が、家来の中でも、ひと際信頼を置いたのが、武蔵坊弁慶という男。荒くれ者の法師だったのが、改心して以来、忠義の塊です。仏教の知識が豊富な彼は、東北への逃亡を「焼け落ちた奈良の大仏を再建するための、寄付を募る旅」に装う作戦を立てました。
このような、寺社の寄付を募るための経文を、勧進帳といい、それがこの演目のタイトルにもなっているんですね。もっとも、この旅は、カモフラージュ。本物の勧進帳は持っているわけありません。そのあたりを富樫も厳しく問い詰めてきます。負けじと受けてたつ弁慶。固唾を飲む義経。
息もつかせぬ攻防と、その果てに生まれる「関所を通る者・通す者」同士の、一期一会の爽やかな友情。素晴らしい一幕です。
text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2018年1月号 特集『ニッポンの酒 最前線!』