TRADITION

悲劇の始まりはここから
「仮名手本忠臣蔵/五段目」早野勘平
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑

2020.12.26
悲劇の始まりはここから<br>「仮名手本忠臣蔵/五段目」早野勘平<br><small>おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑</small>
お軽とともに山崎の里に逃げ落ちた勘平は、狩人となって一家の暮らしを支えていた

名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、「仮名手本忠臣蔵/五段目」に登場する早野勘平です。

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp

赤穂浪士の討ち入りを題材にした名作『仮名手本忠臣蔵』には、亡き主君の無念を晴らすことかなわず、むなしく散っていった若者の悲劇も描かれています。彼の名を早野勘平といいます。

主君・塩冶判官(浅野内匠頭を、このお芝居では、この人物名で呼びます)が、いわゆる「殿中でござる!」の騒ぎを起こし、切腹へと追い込まれていった、まさにそのとき──勘平は同じ屋敷に勤める腰元・お軽と、あろうことか  職場を離れてあいびきにうつつを抜かしていました。

愉しいひとときを終えて、二人が戻ってみると……屋敷の門は完全に閉ざされ、深刻な気配が外まで伝わってくる。自責の念に駆られた勘平は、その場で腹を切ろうとしますが、血相を変えてお軽がとどめます。

「私の故郷へ、とにかく逃げ落ちましょう!事情を話せば父さんも母さんも、きっと味方になってくれるから……」

二人はそのまま、お軽の在所・山崎の里へと向かいました。草深い山が連なっています。勘平は鉄砲を担いで狩人となって、一家の暮らしを助けています。

激しい雨の晩、勘平は草深い山でイノシシを撃つが…

夏の激しい雨の晩、イノシシ(中に人が入って演じています)に出くわした勘平は、しめたと引き金の指に力を込めます。

パーン!確かな手応え!鉄砲の火縄をクルクル回して、ともし灯代わりにして、仕留めた獲物に近づいていく勘平ですが、雨に濡れた木にうっかり触れた拍子に火縄の灯が消えてしまう。山の深夜の真っ暗闇。手探りでなおも近づいていって……お、これだ、と倒れている獲物の足に縄を掛けて、さぁ、引っ張って帰ろう……ん?

重みや感触がイノシシとは違う。よくよく確かめてみると……「こ……こりゃ……人!」

弾丸はイノシシをそれて、定九郎という極悪な山賊に命中していたのです。この男、撃ち殺されるほんの少し前に、お軽の父を刺し殺して五十両の大金を奪っていました。そのお金はお軽が京都の廓に身を売って一家が得たものです。仇討に参加して汚名返上がしたい勘平に、復帰の軍資金として役立ててもらおう、と勘平には伏せて家族でそう決めた。その前金を廓で受け取って家へ帰る途中に、お父さんは定九郎の手にかかってしまったのです。

いきさつを何も知らない勘平。真っ暗闇での出来事。半狂乱で定九郎をゆすり起こそうとする弾みに、ズシリと五十両が入った財布に、手が触れてしまう……。

ここから、勘平の悲劇が、はじまるのです!

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2020年7・8月号 特集『ニッポンの旅計画108』


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