TRADITION

その金包みに手を出すな!
「封印切」忠兵衛と八右衛門
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑

2020.11.19
その金包みに手を出すな!<br>「封印切」忠兵衛と八右衛門<br><small>おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑</small>
外回りの仕事で何百両もの大金を抱えて大坂の町々を出歩いている「養子奉公」の忠兵衛

名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、世話物の人気演目「恋飛脚大和往来」のハイライトとなる「封印切」に登場する忠兵衛と八右衛門です。

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp

『恋飛脚大和往来』というお芝居のドラマが最も激しく動くくだりには、『封印切』の通称が定着しています。劇中に出てくる大枚の小判がきっちりと紙に包まれ、その封じ目には、公金のしるしの印が押してある。それを切って破る名場面にちなみます。

忠兵衛は、故郷の大和の国(いまの奈良)を出て、大坂の飛脚屋・亀屋で「養子奉公」をしています、お店にもらわれていった養子でもあり、せっせと働く奉公人でもあり……微妙な立場ですね。仕事であつかう大金を、しょっちゅう持ち抱えては、外回りの仕事で大坂の町々を出歩いています。

何百両もの大金——ただし自分勝手に使うことは許されない公金——が、自分の懐中に、現金の重みをずしんと感じさせながら、いつも、ある。こういう独特の環境に身を置いている若者・忠兵衛。そんな彼が、大坂・新町のくるわの遊女・梅川と顔馴染みになり、いつしか深く結ばれてしまった。梅川以外の遊女や女将さん、仲居など、くるわのほかのみんなも、忠兵衛の素直で優しい人柄を好ましく思っています。本来、くるわという場所は、財力が圧倒的にものをいうわけですが、忠兵衛の場合は、人としての魅力そのもので支持を得ている。ただし、悲しいかな、自前のお金が乏しい。

その反対に、いくら金を持っていようが、羽振りがよかろうが、人として男として、そこらじゅうから嫌われているお客——そういう鼻つまみ者もくるわというところには出入りするわけで、この芝居においては、八右衛門という男が、その憎まれ役を強烈な存在感で務めます。

金はあるが人望がない嫌われ者の八右衛門は、威圧感たっぷりに忠兵衛を追い詰めていく

「油虫の八っつぁん、ゲジゲジの八っつぁん、総スカンの八っつぁん……」と、さんざん悪口を言われても、この男、ふてぶてしくて鈍感力が強いというか、まるで意に介さないんですね。ワテはお金に好かれてさえいれば、それでええんや、と開き直って、自慢の金包みをこれでもかと見せびらかせて、忠兵衛にじわじわとプレッシャーをかけます。

この金で自分が、梅川を、身請け(店から、遊女の身柄を、買い取ること)したら、文句はないだろう? と忠兵衛にも店側にも、威圧感たっぷりに振る舞う八右衛門。梅川をどうしても奪われたくない、失いたくない忠兵衛、次第次第に八右衛門のペースに巻き込まれ、とうとう、懐中の金包みに手が伸びかかって……。

勝手に封を切ったり破いたりしたら、死罪は逃れられない公金。にもかかわらず、忠兵衛、こらえきれず、禁を犯してしまうのです。

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2019年7月号 特集『うまいビールはどこにある?』


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