FOOD

琵琶湖を臨むオーベルジュ
《SOWER》で味わう滋賀の営み

2022.10.22
琵琶湖を臨むオーベルジュ<br>《SOWER》で味わう滋賀の営み

滋賀県長浜市。湖北と呼ばれるこのエリアは古くから発酵文化が盛んで、最も古い寿司といわれる鮒寿司をはじめ、さまざまな発酵食品がつくられてきた。独自の食を体験できる湖北は、世界的なシェフが足しげく通うことでも知られる。その発酵の聖地に、これまでにない湖北料理を提供するレストランが開業した。

新幹線ひかりが停車する米原駅から、電車や車で40分ほどにある全15室の小さなオーベルジュ「ロテル・デュ・ラク」。そこにオープンしたのが、湖北の食文化を再解釈した料理を供する「SOWER」だ。旅の目的となるデスティネーションレストランの魅力に迫る。

オーベルジュ「ロテル・デュ・ラク」の目の前から望む琵琶湖。朝霞越しに見える右手の島は、パワースポットとして知られる竹生島。穏やかな湖面がいっそう旅愁をかき立てる

地域のホテルにおけるレストランの可能性

SOWERの設計、アートディレクションを担当するのは、エルメスの空間デザインも手掛けた柳原照弘さん。インテリアに安曇川の土や信楽焼の陶板など、地の素材をふんだんにかつ効果的に使い、風土を映す美しい空間を実現

若狭湾の魚介を京都へ運ぶ「鯖街道」のひとつとして利用されてきた九里半街道。福井・小浜と滋賀・今津をつなぐ街道の終着点・今津港からは、丸子船と呼ばれる船に物資を乗せて大津まで運んでいたという。このルートに着目した豊臣秀吉は湖上交通の編成を図り、今津周辺は流通の要所として発展。このあたりはもともと鮒寿司に使われるニゴロブナがよく捕れる場所でもあり、海の魚と琵琶湖固有の淡水魚が行き交う、独自の食文化が形成されてきた。こうした湖北の歴史風土や食文化に可能性を感じ、「ロテル・デュ・ラク」のレストランアドバイザリーを務めるのが“レストランありきのホテル”で地域活性化のアプローチを模索するH3 Food Designの菊池博文さんだ。

「地域の生産者や産業と直接つながるだけでなく、サービスや清掃スタッフ、料理人などの雇用を生むホテルは、地域の永続的な営みのためにも重要な存在です」。地域を変える可能性を秘めるローカルガストロノミー。ゲストに忘れられない夏を提供する、湖北のオーベルジュを紹介していこう。

ゲストよし、スタッフよし、
地域よしのガストロノミー

琵琶湖を望む絶好のロケーション
レストランのどの部屋からも庭の先に琵琶湖を眺める。バースペースでは、食前酒や食後酒を。カウンター、テーブル席のほかグループで利用できる半個室も

発酵の聖地にある「SOWER」の料理長として迎えられたのが、東京の「INUA」で副料理長を務めていたコールマン・グリフィンさん。同じくINUAからは、サービス・マネージャーのキャシー・ジオンさん、レストランディレクターの山田えりさんがチームに加わった。世界最高峰のレストランを経験した彼らが来たことで、国内外から「SOWERで働きたい」という声が寄せられ、これまで地域になかった多様な関係性も育まれている。週2日の完全定休など、世界を知るスタッフが働きやすい環境を整えていることもその流れを後押ししているようだ。働く人のモチベーションはレストランの雰囲気、ひいては料理の味わいに大きく影響する。
 
食だけでなく、空間づくりにおいても多様性とポテンシャルを表現。排他的なラグジュアリーではなく、暮らしの延長線上にある上質さを大切にしたインテリアが印象的だ。また「レストランは地域の産業をPRする場でもある」という考えの下、農園や酒蔵、ロースタリー、うつわなど取引のある生産者をリストにしてディナーのメニューとともにゲストに紹介。コールマンさんは、「スタッフ、食材、空間、うつわなど、すべてがSOWERの大切な資源。『どんな絵を描こうか?』と考えても、材料がなければ絵を描くことはできません。資源があるから私は料理をつくることができるし、コースを完成させることができるのです」と、その重要性について語る。

その日、その場所で手に入るものを無理なく
食材の運搬に繰り返し使える容器を使ってもらうなど、食材の調達方法には気を配る。キッチンでは、ラップやビニール袋を極力減らしたり、庭でハーブを育てるなどエシカルな取り組みを進める

“一緒”だから生まれる一体感
就業規則から生産者情報までまとめられているキャシーさんお手製のスタッフブックや、全員揃って同じものを食べるまかないの時間は、チームビルディングに不可欠な要素

細部に宿る、滋賀のものづくり
食器類はサプライチェーンを考慮し、作家ではなく産地に製作を依頼。「NOTA&design」の信楽焼は、工芸とプロダクツのいいとこ取りをしたようなモダンなデザインが魅力

SOWERの食体験は五感で味わう総合芸術

シェフ・コールマンさんを中心にした高いチーム力によって進化を続けるSOWER。新潟出身で生産者とのコミュニケーションに長けた諏佐尚紀さん、東京の三つ星レストラン「レフェルヴェソンス」を経験した吉田将吾さんが副料理長となってコールマンさんを支え、サービススタッフはアルコールでもノンアルコールでも、とびきりのペアリングを用意する。コースは、若狭湾や琵琶湖の魚、近隣で捕れるジビエをメインに、その日に手に入る食材で組み立てられる。全体を通して旬の野菜がたっぷり用いられているので、満足度が高いにもかかわらず食後のお腹は軽やか。現在発酵させている食材や調味料の熟成が進めば、さらに味わいの幅が広がっていくだろう。

オープンキッチンで繰り広げられる調理のライブ感を共有できるのもSOWERならでは。五感を刺激する演出は、レストランが体験型エンターテインメントであることを教えてくれる。

旬をダイレクトに感じる
フルコース全紹介!

1品目 うなぎのハンドサラダ×アレクサンドル バン/テール ドーブ2019
鮮度を生かして皮ごとパリッと焼いた鰻を、シャキッとしたロメインレタスで包んでいただく。赤山椒も香って、リッチなテイストのソーヴィニヨンブランと好相性
2品目 近江海老、自然薯ドーナツ
近江海老を包んだ自然薯のドーナツ。上には、海老と野菜で出汁を取ったスープを寒天で固めたゼリーシート、さらに塩漬けレモンが。それぞれの食感がお互いを引き立て合う
3品目 小鮎、桜、梅、おかひじき
琵琶湖で捕れた天然の小鮎を塩焼きにし、自家製の桜のピクルスと梅のソースで。日持ちがしないため佃煮などにするのが一般的だが、捕れてすぐの小鮎なら苦みも香りも美味
4品目 イワナの卵、七本槍ゼリー、自家製湯葉、燻製フィッシュクリーム×松の司 純米大吟醸 AZOLLA35
魚卵を用いながらも、爽やかな透き通った味わいに驚く。スプーンで和えてすべての要素をひと口で。無農薬の滋賀・竜王産山田錦を35%に磨いたクリアな純米大吟醸ととともに
5品目 ズッキーニ、アカイカ素麺
発酵させたブロッコリーやイカのいしる、水キムチなどを使った、さっぱりしつつも味わい深い冷製スープが印象的。2種の素麺を食べ終わった後にスープを飲み干したくなる
6品目 ミニズッキーニ、トマト、氷魚×クスダ リースリング 2020
氷魚をドライにしふりかけのようなパウダーと燻製トマトのペーストを、ズッキーニにディップ。トマトの甘みとクスダの果実味がよく合う、見た目以上に芳醇な組み合わせ
7品目 甘鯛、玉ねぎ、スナップエンドウ、むかご×マルク アンジェリ/ラ リュンヌ2020
若狭グジのうろこ焼きをSOWER流に解釈、スナップエンドウとオリーブ油のソースには粘性がなく、鱗のサクサクとした儚げな食感をじゃましない。ラ リュンヌのコクを重ねて
8品目 古代小麦の自家製パン
古代小麦、塩、水を材料に、空気中の酵母で発酵させたサワードウ。ほどよい酸味とコクがあり、食事パンに最適。軽く焦がした風味が香ばしく、魚や肉のソースとの相性もいい
9品目 マキノ産鹿、いんげん、ブルーベリー、野草×デスセンディエンテス デ ホセ パラシオス/ヴィリャ デ コルヨン2016
隣の山で捕れた鹿のロースト。シロダモ、ベニバナボロギク、かたばみなどの野草やブルーベリーがアクセント。食べるときに添えられる、炙った松の葉の香りとともに味わう
10/11品目 山菜ご飯、淡海地鶏、エゴマ & 燻製チキンスープ×七本鎗 シェリー樽熟成 2017
山菜の苦みと淡海地鶏の旨みを楽しむご飯もの。濃厚な燻製チキンスープをかけたり、半ずりにしたえごまを乗せて。風味が豊かなので、シェリーの熟成香とも相性がよい
12品目 古株牧場ブルーチーズ、昆布、古代米×マルセル ダイス/ベルケム2017
さつまいもシロップで甘み、粉末の昆布でコク、パフ状の米で食感をプラスしたブルーチーズのひと皿。アルザス13品種を混醸した白ワインが、百花蜜のようなアロマを添える
13品目 朴葉、蕗、ミント
朴葉のムースに、シロップで煮た蕗とミントを合わせた、フレッシュなデザート。シャーベットのような爽やかさとジェラートのような豊かさを併せもつ
14品目 最後の一口
左は、ラングドシャのような繊細な食感の番茶クッキー。右は、甘く煮たゴボウに2種のえごまをまぶしたゴボウキャンディ。食後のコーヒーや紅茶、日本茶がよく進む一品

ホテルと周辺散策で湖北を味わい尽くす

旅の目的地となるホテルレストランの醍醐味は、ディナーの余韻に浸ったまま眠りに就けること、そして朝食でもSOWERの世界観が楽しめるなど、日常に引き戻されることなく、余韻が長く続くことだろう。
 
食事の後は、朝霞に包まれる幻想的な琵琶湖を眺めに、湖畔を散策するのもいい。滋賀県は、発酵の聖地といわれるだけあって、少し足を延ばせば酒蔵や醤油蔵、味噌蔵、発酵がテーマの商業文化施設など、新旧の発酵を体験するツアーを楽しむこともできる。せっかくなら、時間の許す限り、湖北の食文化を体験したい。
 
2024年には北陸新幹線が敦賀まで延伸し、敦賀から30分ほどの奥琵琶湖エリアもますます注目を浴びそうだ。ホテルも今後、パブリックスペースや客室をアップデート、庭を使ったカフェの展開なども予定しているという。

「SOWER=(種)を蒔く人」には、その場所に根づき、新しい風を吹かせるという意味が込められている。伝統的な食文化をもつ地ではじまった新たなガストロノミーに出合う旅。これまでにない美食体験に酔いしれたい。

客室はさまざまなスタイルを用意
窓から琵琶湖を一望するレイクビューシアタールーム(上)や、80㎡の広さを誇るラグジュアリースイート(下)、一棟ごとにインテリアが異なるヴィラ、愛犬と宿泊できるドッグヴィラなど、客室の選択肢は豊富。ゲスト専用の貸し切り温泉や、湖や満天の星を望む見晴らしの丘、テニスコート、夏季はプールといったプライベート空間も利用できる

身体に心地いい野菜中心の朝食
朝食は、季節の野菜やハーブを使用したタルティーヌをはじめ、ひよこ豆の粉を練ったパネッレ、スパイスの利いた自家製グラノーラ、スープなど。天気がよければ、鳥のさえずりを間近に聞くテラス席の利用がおすすめ

ロテル・デュ・ラク/SOWER
住所|滋賀県長浜市西浅井町大浦2064
Tel|0749-89-1888
客室数|15室
料金|1泊2食付3万8500円〜(税・サ込)
カード|AMEX、DINERS、DC、JCB、VISAなど
IN|15:00
OUT|12:00
夕食/朝食|SOWER(火・水曜定休)
アクセス|車/北陸自動車道 木之本ICから約20分、JR永原駅から約5分(無料送迎要予約)
施設|レストラン(SOWER)、テニスコート、プライベートプール、貸切家族風呂
Wi-Fi|あり
 
 

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text: Akiko Yamamoto photo: Sadaho Naito
Discover Japan 2022年8月号「美味しい夏へ出掛けよう!」

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