中村獅童、中村勘九郎、中村七之助…
次世代を担う歌舞伎俳優が、あの怪談話に新たな切り口で挑む!
シネマ歌舞伎『四谷怪談』
歌舞伎の舞台を映画館で気軽に楽しめる「シネマ歌舞伎」。毎月1週間ずつ異なる作品を全国の映画館で上映する「月イチ歌舞伎」、9月の上映作品は、『四谷怪談』。歌舞伎の古典演目である「東海道四谷怪談」を、現代演劇の演出家・串田和美が生まれ変わらせた。出演するのは、中村獅童、中村勘九郎、中村七之助、中村扇雀など、次世代を担う歌舞伎俳優たち。2021年9月24日(金)~30日(木)まで、全国の映画館にて上映する本作品。まずはあらすじを紹介しよう。
ふたつの殺人から始まる悲劇「四谷怪談」――
塩冶(えんや)浪人の民谷伊右衛門(たみやいえもん)は、妻のお岩を連れ戻された恨みから舅(しゅうと)を殺害。一方、直助はお岩の妹であるお袖に横恋慕し、お袖の許嫁・与茂七を殺してしまう。伊右衛門と直助は共謀し、悲しみに暮れる姉妹を騙して仇討ちを約束する。
伊右衛門は、家庭を顧みず暮らしぶりも貧しいのだが、お岩は夫が父親の仇をとってくれると信じて別れずにいる。やがて伊右衛門の子を産んだお岩は、産後の病に苦しみ、隣家の伊藤喜兵衛からもらった薬を飲むが、顔を抑えて苦しみだす。実は、お岩を毒薬で醜くして伊右衛門と離縁させ、孫娘のお梅と添わせようとする喜兵衛の企みだった。苦しみながら絶命したお岩。その怨念が、お岩を裏切りお梅と祝言を上げた伊右衛門を次第に狂気へと向かわせる。
一方お袖は、親と許嫁の仇を取ってくれるという直助の言葉を信じて身を任せるが、実はこのふたりには思わぬ因縁が隠されていた。
伊右衛門と直助、ふたりの男の欲望が招いた悲劇の行く末とは……?
名作を新たな演出で!
古典演目を生まれ変わらせる
コクーン歌舞伎がシネマ歌舞伎に!
コクーン歌舞伎は、古典的な歌舞伎演目に従来とは違う角度から光を当て、新たな解釈のもとで上演する「いまを生きる現代劇としての歌舞伎」として1994年、 十八世中村勘三郎によって渋谷の街に誕生した。第2弾公演からは、串田和美が演出として参加し、勘三郎が亡くなった後は、その息子である中村勘九郎、中村七之助兄弟がその遺志を引継いだ。“歌舞伎とはこういうもの”という概念を打ち破り、さまざまな演出を取り入れて、渋谷のシアターコクーンから新たな歌舞伎の姿を発信し続けている。
本作は第15弾として上演された『四谷怪談』を収録したもの。歌舞伎「東海道四谷怪談」の見どころとして有名な「戸板返し」、「提灯抜け」、「仏壇返し」などの見せ場とも言える派手な仕掛けをあえて使わずに、登場人物たちの思いに焦点を当てた人間ドラマとして描かれるところが特徴だ。
「怪談とはなんなのか。人は生きていく以上、いい人、悪い人の両方の要因を持っている。伊右衛門は刀で人を斬るからわかりやすいけれど、誰もが見えない刀で人を斬っているかもしれないし、人から呪われているかもしれない。伊右衛門の頭の中に渦巻く迷いや恐れ、それでも生きようとする思いこそが、どんなに目まぐるしく時代が変わろうとも、変わらずにあることではないのか。」と語る演出の串田和美。
その集大成とも取れるのが、最後の「夢の場」のシーンだ。まるで伊右衛門の頭の中をのぞき込んでいるかのような混沌の世界で、さまざまな人がさまざまな速度で行き交い、話し、騒ぎ、通り過ぎていく。耳に飛び込む音もさまざま。伊右衛門とともに、鮮烈な視覚と聴覚のラビリンスに迷い込み、見たことのない『四谷怪談』の世界を体験することになるだろう。
また、今回の舞台演出で特徴的なのは、度々登場するサラリーマンたちだ。自我もなく、ただ淡々と流れに沿って歩く人々。本作では、討入りに奔走し忠義に生きる武士たちの表舞台「忠臣蔵」の裏側で、伊右衛門たちのように社会に折り合いをつけて生きていくことがままならない人々が、もがき苦しみ時代に抗いながら生きている姿が描かれる。
シネマ歌舞伎化にあたっては、串田が監督も務め、映像ならではの演出も加えている。ダイナミックな映像とこだわりの立体的な音響を、映画館で体験しよう。
欲望、孤独、執着…
登場人物の感情にスポットをあてた
新しい『四谷怪談』
夫との折り合いが悪く亡くなった妻が、無念のあまり夫やその周囲の者を祟る『四谷怪談』は、日本で最も有名な怪談話。東京都内には怪談のモデルとなったお岩ゆかりの寺社が現存していて、演劇などで『四谷怪談』を題材に扱うときには関係者が参拝するのは恒例となっている。
江戸時代庶民の間に広がった『四谷怪談』は落語や講談にもなり、歌舞伎の『東海道四谷怪談』は、数々の名作を生んだ劇作家・鶴屋南北の手により元々あった怪談に忠臣蔵の設定が盛り込まれ、先述の歌舞伎らしい仕掛けをふんだんに取り入れ大当たりとなった。200年余りの月日が流れたいまも度々上演されている人気の演目で、歌舞伎座ではまさに今月、「九月大歌舞伎」の第3部として上演されている。
利己心のために舅を手にかけ、妻を裏切り、わが子も愛せない伊右衛門は色悪(歌舞伎に登場する、二枚目だが冷酷な悪役)の代表的な役どころ。コクーン歌舞伎ではこの従来の「伊右衛門」像を捨て去り、単なる利己的な悪党ではなく、身の内に矛盾を抱えたひとりの人間として描いている。この新たな伊右衛門には、映画やドラマでも活躍し、最近では南座で『九月南座超会議』に出演するなど歌舞伎の裾野を広げている中村獅童が挑戦した。
一度過ちを犯した伊右衛門が罪を重ね、みるみるうちに破滅へと押し流される様子に、怪談とは違う意味で背筋が寒くなってくる。時を超えて語り継がれるこの怪談は、なぜ人を惹きつけるのか。江戸時代に誕生した『東海道四谷怪談』から串田和美が読み取り、形を変えて発信した現代に生きる私たちにも共通するメッセージを、NEWシネマ歌舞伎『四谷怪談』でぜひ受け取ってみよう。
月イチ歌舞伎 2021 上映作品
NEWシネマ歌舞伎『四谷怪談』
上映期間|2021年9月24日(金)~9月30日(木)
上映館|東劇ほか全国の映画館にて(詳細はこちら)
料金|一般2200円、学生・小人1500円
上映時間|118分
出演|中村 獅童、中村 勘九郎、中村 七之助、中村 橋之助、中村 鶴松、真那胡 敬二、大森 博史、首藤 康之、笹野 高史、片岡 亀蔵、中村 扇雀ほか
text=Discover Japan