「HAGI ハギ」福島素材を知りつくすレストラン
犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン
シェフ 萩 春朋(はぎ・はるとも)さん
1976年生まれ。外食好きの両親の影響で高校卒業後、料理の道に進む。調理師専門学校卒業後、食品会社で商品開発に携わる。24歳で独立。実家の隣りに店を構える。2011年、被災を機に福島県中の生産者に素材を学ぶ。福島を代表するシェフとして活躍中
生産者 白石長利(しらいし・ながとし)さん
1981年生まれ。江戸時代から続く農家の8代目。2001年から無農薬・無化学肥料にこだわり、その土地に適した作物をつくる自然農法を実践。何度も災害に遭いながらも野菜づくりに情熱を注ぐ。萩シェフに出会い、福島の素材をアピールする活動をともに行う
思いがけないところに、思ってもみなかったいい店がある。日本のレストラン文化はこんなに奥深い!と感激する店を探してきました!今回訪れたのは、福島県いわき市のレストラン「HAGI ハギ」。福島の生産者とシェフのタッグが織りなす料理の数々を紹介します。
犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン、食文化を取材。最近は日本の地方に注目。郷土料理を守るだけでなく、その土地の生産者とともに新しいレストラン様式に挑戦するシェフを取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員
世界一のレストランにはなれないけれど、
福島の素材のことならなんでも知っている
福島のナンバーワン
いつも笑顔の萩春朋シェフが、あの日のことを語りはじめたとき、フッと表情が曇った。「震災の日を境に、思い出す風景はみんなモノクロームなんです」。2011年3月11日、東日本大震災から10年が経った。萩シェフの店があるいわき市は、福島県南部。海まで車で10分、田畑の中に住宅が点在するのどかな風景が広がっている。そんな場所に2000年「HAGI フランス料理店」をオープンした。最初は調理師学校の教科書通りにつくるだけで精一杯だったそう。10年目には県外からのお客で賑わっていたが震災がすべてを変えた。「うちは地震の被害はほとんどなかったんですが、その後の原発事故による風評被害が大きかった」。震災以降、予約はすべてがキャンセルとなる。何をしたらいいのかわからず、茫然とする日々が続いた。
そんなとき、生産者の地域会合に誘われて、「ファーム白石」の白石長利さんと出会った。白石さんに何気なく手渡されたトマトをかじって、萩シェフは目を見張った。「このトマトは素材力がすごい」。白石さんも「トマトを萩シェフに渡したら、ジャムにしてくれた。ひと口食べてこのシェフはタダモノではない!」とお互いに通じ合うものがあった。こうして福島の生産者と料理人のタッグが組まれた。
同時に萩シェフは生産者を訪ね、福島素材のウェブサイトをはじめた。それを見たテレビや雑誌などから問い合わせが来るようになった。「福島の素材のことなら、萩シェフに聞け」と評判になって、風は萩シェフを後押しする。なんとパリ・エリゼ宮で、福島産素材でディナーをつくってほしいという依頼が来た。エリゼ宮はフランスの大統領官邸。萩シェフはその厨房で腕を振るった唯一の日本人という話が日本で広まり、萩シェフへの注目度はさらに上がった。
2017年には福島県の料理人と生産者で構成された団体「エフズ・キッチン」の代表に就任。2018年には「第8回太平洋・島サミット」で県知事主催の昼食会のシェフを務めた。あっという間に福島を代表するシェフになったのだ。
最近、萩シェフはある決断を下した。10年かけて素材を生かす料理になった。いまやフランス料理にこだわってはいない。そこで店名から「フランス料理屋」を外すことにした。新しい「HAGI」の料理を、じっくり紹介しよう。
萩シェフが信頼する福島素材
ある日のディナーコース
素材を見てからメニューを考える。
素材の旬を生かすのは、技術より勢い!
コースは1万8000円(前菜から最後の小菓子まで12〜13皿)と1万5000円(ショートコース。皿数が2〜3減り、質も変わる。ただし量的には同じ)のふたつ。萩シェフの元に届く素材は、その日に美味しい時期=旬を迎えたもの。その頂点の味を引き出すのに最善の方法を考え、そして実行する。口で言うのは簡単だが、厨房はシェフ一人。営業前にギリギリまで準備はするが、ひと皿ずつ一から組み立てていく。「厨房は一人なので仕込みをして、あとは盛りつけるためのメニューを考えればいいのかもしれませんが、素材がそれぞれ主張してくる。その最高の味を楽しんでほしい」。それを味わってこそ、わざわざここまで足を運んだかいがある!
1. 福島県産カリフラワー 常磐ものアワビ
「アワビは陸に揚がって30分以内に火を入れないと海の香りが出ない」と漁師が教えてくれた海の旨みの秘密。萩シェフは仕入れのときは1秒でも早く厨房に戻る。そして3時間火にかけるとふっくら、海の風味が凝縮。
2. 福島産神経締め魚のコンソメ
福島県産海苔 福島県産有精卵
これも海そのものを味わうひと皿。海苔の風味だけでなく、魚のアラを発酵させた飼料を食べる鶏の卵と、天然の湧き水を使った魚のコンソメを合わせ、茶碗蒸しのように仕立てたスープ。湧き水は萩シェフがくんでくるいわき市産。
3. 福島県産ぶどう海老
福島県相馬市で獲れるぶどう海老は、漁獲量がとても少なく、幻の海老と呼ばれている。生きているうちは赤だが、死んでしまうと紫色に変色すことからぶどう海老と呼ばれる。ほのかにつけたベルガモットの香りで味わう。
4. 福島県産ズワイガニ、福島県産菜の花
ズワイガニは北陸が有名だが、福島も震災前は全国8位の漁獲量を誇る。冬の味覚、ズワイガニの雌・香箱カニを味わう鮮やかなひと皿は、ズワイガニの殻で取ったコンソメとトマトを煮込んだコンソメを合わせたジュレとともに。
5. いわき市産鯖、福島県産リンゴ、セリ
脂の乗ってきた鯖の皮目を香ばしく炙り、小さくカットしたフレッシュなリンゴ(福島県産ふじ)と爽やかなセリと一緒に味わう。コース全体を見ると、ほとんどが魚介と野菜の組み合わせ。フルーツの使い方もお見事!
こんなに豊富で、こんなに奥深い。
あらためて知る福島の素材
6. 福島県産メヒカリ、発酵豆乳
メヒカリはいわき市の魚。特別に大きなサイズを手に入れ、串に刺して揚げる。そのまま食べても美味しいが、キャベツの芯と豆乳を発酵させたものを付けて味わうと意外に甘い!新しいかたちの発酵食。
7. 福島県産里芋(長兵衛)
いわき市の伝統野菜に認定されている里芋・長兵衛。軟らかくて皮も食べられる特徴を生かして、堂々と丸ごと使用。下のソースはサンマの肝を使い、上には塩漬けにした身をのせ、サンマでサンド。畑と海のマリアージュだ。
8. 福島県産糀、福島県産苺、フォアグラ
ソテーしたフォアグラの上に、液体窒素で凍らせて粉末にした無農薬の糀を振りかけると、食べている間に溶けてクリームのようなソースになる。熱々のフォアグラの上に甘酒風味のソース。フォアグラの上の煮詰めたイチゴが隠し味。
9. 福島県産亀の尾、福島県産カマス、発酵きのこ
亀の尾は日本酒造りに適した酒米。酒米でソースをつくり、きのこの発酵ソースともにカマスの炭火焼きに添える。前の料理で糀を使ったように、酒米も料理になる。日本酒文化はかたちを変えて料理にもなることを体現したひと皿。
10. 福島県産小麦、福島県産発酵バター
福島県産の小麦、ゆきちからで焼いたパン。バターは(ファームつばさ)の発酵バター。牧場主・清水大翼さんはジャージー牛2頭からスタートして、バター、ソフトクリームなど加工品まで手掛ける、次世代の酪農家。
11. 福島県産エム牧場の短黒牛
思うような牛肉が見つからず、使うのを諦めかけていた萩シェフを思いとどまらせたのがエム牧場の牛肉。岩手県の短角牛と黒毛和牛を掛け合わせた短黒牛は、すっきりした赤身に和牛特有のコクが加わった福島ブランド。
12. 福島県産苺
おざわ農園のイチゴ、とちおとめ。貴重な特大サイズが主役のデザート。実はジュレもすごい。いわき市産の超軟水にイチゴを浸すと、エキスが溶け出した天然のイチゴ水ができる。これをジュレにするのだ。ピュアでスイート!
13. 小菓子
カヌレ、ガレット、フィナンシェ、オランジェットにコーヒーかハーブティーが付く。小菓子は素材感を出さない、ホッとする定番。1カ月後に「あのときの焼き菓子、美味しかった」と思い出してもらえるのが目標。
ドリンクももちろん、福島県産!
ペアリングはワインや日本酒をセレクト。右)店から車て15分ほどの「いわきワイナリー」のメルローや、左)「仁井田本家にいだしぜんしゅ」の日本酒など12グラス前後で7500円。
シェフとマダムがお出迎え
厨房はシェフ一人、サービスはマダムの昌美さんが担当 。東京出身の昌美さんとは「ファーム白石」の畑で知り合った。「福島の素材を理解してくれて、一緒にそのよさを広めてくれる」とシェフ。素材はもちろん、料理も理解しているシェフの心強い味方。
HAGI(ハギ)
住所|福島県いわき市内郷御台境町鬼越171-10
Tel|0246-26-5174
営業時間|12:00、18:30
定休日|不定休
料金|コース1万5000円、1万8000円
※どちらも10皿前後、使う素材が違う
《SDGs視点で読み解く》福島県の豊かな海と、持続可能な食文化
人間、地球及び繁栄のための行動計画として、持続可能な開発目標として国際的に採択されたSDGs。17の目標のうちゴール14の「海の豊かさを守ろう」に注目してみると、福島県は「漁獲量及び養殖収獲量の前年比増減率(2019年度)」で全国第2位です。
漁獲量及び養殖収穫量の増加は、海の生命力が豊かであることを象徴します。シェフが料理人の知恵と経験に基づき信頼を置く福島県の海の素材、ぜひ味わってみたいですね。
text:Yumiko Inukai photo: Muneaki Maeda
Discover Japan 2021年4月号「テーマでめぐるニッポン」