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「オステリアエノテカ ダ・サスィーノ」弘前の畑から生まれるイタリアンレストラン
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

2020.1.1
「オステリアエノテカ ダ・サスィーノ」弘前の畑から生まれるイタリアンレストラン<br><small>犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑</small>
自宅の裏にある自家菜園はアイデアの宝庫。畑で考えをまとめる笹森シェフ

どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。第9回はワインもチーズも自家製にこだわる青森県弘前市の「OSTERIA ENOTECA DA SASINO(オステリアエノテカ ダ・サスィーノ)」を紹介する。

いぬかい・ゆみこ
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員。

野菜もワインも自家製
自給率100%を目指す!

雄大な岩木山をバックにブドウ畑が広がる。今年からスタートしたワインプロジェクト。最初の年なので11種類のブドウを植え、どの品種がこの畑に適しているかデータを検証する

海外の地方レストランを訪ねるたびに感心することがあった。シェフが自慢するのは厨房よりも、店の周りに広がる自家菜園。その日に使う野菜やハーブは、自分で畑から摘んでくる。料理は大地を耕し、種をまくところからはじまるのだ。

海外では珍しくないスタイルだが、日本では見掛けない。日本のシェフにその理由を聞いてみたところ「レストランは人が集まる都会じゃないと成り立たない。でもそんな場所に畑をもてる余裕はない。仮にあったとしても、畑仕事と料理を同時にできる時間も人手もない」これが現状だという。

ブドウから育てる「弘前ネッビオーロ」、「弘前メルロー」などの赤ワインはすでに日本ワインの中では高評価。 2019 年にブドウ畑を広げ、さらに新しいワインの登場が楽しみ

しかし最近の傾向を見ると地産地消、地方創生など、地方が注目される時代がやってきたように思える。そんな中でも最も注目されているのが「自給自足100%を目指す」熱血イタリアン、弘前「オステリアエノテカ ダ・サスィーノ」だ。

オーナーシェフの笹森通彰氏は、弘前を離れて料理修業をはじめた時点で重大な決心をした。「外に出て気づいたんです。野菜でも水でも弘前のほうが旨い。自分の店を出すなら、絶対に弘前でやろうと」。そんな決意をしたからこそイタリアではチーズやワインのつくり方を学んだ。そして2003年宣言通り弘前の街中で自給自足レストランをはじめた。

ネクストステージは畑の中のレストラン

ブッラータのカプレーゼ。自家製のブッラータチーズにトマトという王道の組み合わせに、トマトのジュレとウンブリアのオリーブオイルで爽やかな味わいに

現在、笹森シェフが弘前で展開しているのは、レストラン(2003年)、ピッツェリア(’10年)、ワイナリー(’10年)、チーズ工房(’12年)。自宅の周りは自家菜園だし、少し離れた場所には2019年に購入したブドウ畑もある。

「新しいブドウ畑はこれまでの5倍の広さなので、ワイン専任のスタッフを増やしました。世界をあっと言わせるようなワインをつくりますよ!」。2010年にハウスワイン特区の申請をして、認定を受けた。

そのおかげで最低生産量の枠がなくなり、2005年から試験栽培してきたブドウ(ネッビオーロ)でエレガントな赤ワインを醸造してきた。今後は青森・弘前が新たな赤ワインの産地になるよう、ワイン造りに取り組んでいくという。

自家製生ハムの盛り合わせ。右から、ガーリックポークの肩ロース、青森バルバリー鴨肉の生ハム、プロシュートクルード。あんぽ柿と一緒に味わう

そもそも笹森シェフが最初に挑んだのはチーズや生ハムだった。普通は生産者がつくった完成品から購入して料理するが、それを素材からつくりはじめた。なぜ、こんな面倒なことをするのか。

それは笹森シェフが考える味のバランスを守るためだった。「イタリア産の生ハムは日本人の舌には塩が強過ぎる。塩分を控えた生ハムが欲しいとなると、自家製でつくるよりほかなかったんです」。

シーフードパスタ。ウニ、イカを和えたパスタの上に焼きナスのソース。パスタは手打ちフェトチーネで、ソースがよく絡む

チーズに関しても、イタリア製は保存を重視するため塩分高め。もともと地元に美味しい牛乳があり、それを使えないかと考えたのがはじまり。中でもフレッシュさが命のブッラータにはトリュフの香りをつけて、小さめのサイズに仕上げた。

生ハムもチーズも、湿気の多い日本では発酵させるのは容易ではないが、試行錯誤の末、高レベルのものができた。特にチーズは2014年のジャパンチーズアワードでは銀賞と金賞を受賞、2015年国際チーズコンクール銅賞に輝き、一気に青森県のチーズ文化を高めた。

七戸町の金子ファームの健育牛のサーロンステーキ。いまや全国に知られるブランド牛。自家栽培のカルチョフィーに田子町の熟成黒ニンニクをソースに

地方レストランの成功例といわれて、笹森シェフは満足しているのだろうか? 「実は野菜の自給率は低くなっています。それはその部分を任せられる若い生産者が育ったから。その分自分たちにしかできないワインやシードルを造るほうに力を入れていこうと考えています」。

そして今後のプランは? 「いま、5カ所に分散している施設をブドウ畑周辺にひとつにまとめたい。そして、ブドウ畑の中にテーブルを置いて、レストランをやりたい」。それこそが、リアルイタリアンライフ。

レストラン以外でも子どもたちに食の大切さを体験してもらう「いただきますプロジェクト」も推進。地域全体を元気にして、自分たちの理想も実現する。「サスィーノワールド」は、まだまだ拡大中。

OSTERIA ENOTECA DA SASINO(おすてりあえのてか だ・さすぃーの)
住所:青森県弘前市本町56-8 グレイス本町2F
Tel:0172-33-8299
営業時間:18:00〜21:00(L.O.)
定休日:日曜
料金:1万2000円(税・サ別)※完全予約制
http://dasasino.com

文=犬養裕美子 写真=前田宗晃
2019年10月号 特集「京都 令和の古都を上ル下ル」


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