FOOD

10年かけてかたちになった
「八ヶ岳えさき」
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

2019.12.28
10年かけてかたちになった</br>「八ヶ岳えさき」<br class=“none” />犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
東京で22年、日本料理店を営んできた江﨑氏が2018年に山梨県大泉に移転。「八ヶ岳えさき」として2018年9月にスタート。名物料理・キンキの煮付けは永遠なり!

どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。第5回は東京のミシュラン三ツ星店が山梨に移転した「八ヶ岳えさき」を紹介する。

いぬかい・ゆみこ
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員。

料理もサービスも一人
おもてなしの理想を目指す

外から見えるダイニングコーナーはガラスが鏡のように白樺林を映している

中央自動車道の長坂インターチェンジを降り、八ヶ岳方面へ。甲斐大泉駅手前から雑木林の山道を進む。もしかして間違えた? と不安に思い出した頃、林の中にふたつのドーム型建物が見えてきてホッとひと息。東京から約2時間、「八ヶ岳 えさき」の最初のおもてなしは、おいしい山の空気から。

「ミシュランガイド東京」で7年間三ツ星を堅持した「青山えさき」が、東京を離れた。はたから見れば「悠々自適のリタイア」かと推測するが、店主の江㟢新太郎さんの思いはまったく逆。「料理もサービスも完璧にしたい。そしてできるだけ長く仕事を続ける」そんな攻めの姿勢が移転の理由だ。

一人で調理するために考えられたオーダーメイドキッチン。作業だけでなく収納も悠々

江㟢さんは12年ほど前から移住を考え、場所を決めるのに2年、50カ所ほど見た。「そしてこの物件に決めたのですが、実は最初に見た物件だったんです。そのときは白樺林にピンとこなかったけれど、多くの物件を見て、その稀少性に気づきました」。

その魅力を最大限に生かし、ゲストを自宅に招くコンセプトをかたちにしたのが建築家・福田世志弥氏だ。氏のプランは店と住まいを分けること。1700坪に店と住まいが2棟。店は料理人1人でお客6人のためだけに営業する。こんな贅沢な店、そうあるもんじゃない。

東京と変わらない質と
東京以上の季節感を味わう

カマスと野菜。春先のコースの一品目はお腹を温める料理ではじまる。ふっくらと焼き上がったカマスに、炊いた春野菜と薄い塩味のあんでほっこり。一品目から、しっかり魚を味わえる

「青山えさき」は1万円、1万2000円、1万5000円のコース3種、三ツ星レストランとしてはリーズナブルな設定だった。カウンターあり、個室あり、テーブル席ありで使い勝手のよさにも定評があった。それを「八ヶ岳 えさき」では一新。昼夜1組、1回6名まで。

そして料理はおまかせコース1万8000円のみ。料理もサービスも江㟢さん一人で行うというのだから、より充実した時間が過ごせる。1人、2人で予約の場合は、相席の可能性もあるが、ゆったりとした空間と、ガラスに囲まれたテーブル席はまるでギャラリーのよう。初対面でも江崎さんのもてなしですぐに打ち解ける。

お造り。バフンウニ、平貝、赤貝、平目。平目の状態のいいこと! 豊洲から仕入れた魚はいけすで管理し、最上の状態で提供する。たとえ山の中でも都内で味わう魚と変わりない品質を保つことから料理がはじまる

献立は旬の素材を盛り込んで2カ月ごとに替わる。ただし、その中で「青山えさき」時代からのスペシャリテ、キンキの煮付けと百合根饅頭は一年を通してでも楽しめるように用意している。山に来てキンキの煮付け? と思うかもしれないが、古くからの知り合いの鮮魚店が江㟢さんのために特別に仕入れるキンキは豊洲から半日で届く。

さらに、秋はキノコ、春は山菜、夏は野菜やフルーツなど、1㎞圏内で新鮮な地元の野菜を購入することができる。朝、畑にあったものが昼には江㟢さんの手で料理されてテーブルに上がるのだ。こうした素材を仕上げるために欠かせないのが、日本料理の原点といえる「火と水」だ。

百合根饅頭。「えさき」の人気No.1料理は移転しても健在。こした百合根饅頭のまわりを下町の煎餅屋さんに注文した煎餅で包んでいる。香ばしさと甘さが重なって印象深いひと品

長年の夢だった炭火焼きの炉をキッチンにつくり、営業日には毎朝炭を起こすことから一日がはじまる。そして、休みは富士山の伏流水をくみに小淵沢まで出掛ける。出汁を取るにも野菜を煮炊きするにも、軟水は欠かせない。ゆで野菜を使う野菜のサラダ仕立ては東京より何倍もインパクトがある。

「何か特別な手を使っているのではありません。水も火も普通に使っているだけ。でも、時々驚くほど野菜が美味しくなるんです」。江﨑さんが2年間めぐりめぐってこの場所で第二の料理人人生をスタートさせたのは、やはりこの土地との相性がいいのだろう。

デザート。酒粕のアイスクリームに自家製あんこ、干柿を混ぜた和のデザート。甘さ控えめ、コク全開。最後のデザートまで手間をかけたオリジナルで楽しませようという気持ちが伝わる

現在57歳の江﨑さん。ここに来て店を再開して6㎏痩せたという。「別にどこも悪くないですよ。むしろ健康になりました。一人でやるには少し身体が重かったから、いまがベストコンディション」。

“夢はかなえるためにある”というが、決して一瞬でかなうものではない。江㟢さんを見ていて、その夢も努力の積み重ねがあってこそ。10年かけてかたちになった「八ヶ岳 えさき」。江﨑さんはもう次の夢に向かっている。「いつか自分で野菜をつくって、その野菜で料理をしたい」。その日は決して遠くはないと思う。

八ヶ岳 えさき(やつがたけ えさき)
住所:山梨県北杜市大泉町谷戸5771-210
Tel:0551-45-8707
営業時間:12:00〜13:30(L.O.)18:00〜20:30(L.O.)
定休日:火、水曜
料金:おまかせ献立1万8000円(税・サ料別)
※予約、問い合わせは15:00〜18:00に
http://esaki-yatsugatake.com

文=犬養裕美子 写真=前田宗晃
2019年5月号 特集「はじめての空海と曼荼羅」


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