鉄道旅だけにある「連れていかれる」旅情。
六角精児さんの列車と車窓と酒と
全2回の《六角精児さんの列車と車窓と酒と》後編は、六角精児さんが「呑み鉄」で気をつけていることや、今後乗りたい路線、そして「呑み鉄」の楽しさを語ってもらった。飛行機や車、船での旅にはない、鉄道旅の魅力とは?
俳優。1962年、兵庫生まれ。代表作は『相棒』、『電車男』など。『六角精児の呑み鉄本線・日本旅』がNHK BSプレミアムで放映中。9月14~29日に舞台『怪人と探偵』(KAAT神奈川芸術劇場)に出演。
旅のお供はポケット時刻表とお酒、そしておつまみ。飲むのは缶チューハイやハイボール、時々ビール、たまにカップ酒という感じ。つまみは練りもの、特にチーカマが好きです。旨い食べものの五本の指に入ると思っていて、あれさえあれば落ち着けます。
細かいスケジュールは立てず、思いつくまま気の向くまま。いつもそんなスタンスですが、気をつけていることもいくつかあります。たとえば、朝にパン屋さんに行っておくこと。ローカル線の旅では、途中駅で昼ご飯にありつけないときがあるからです。パン屋さんなら大きな駅の近くにたいていあるので、朝にパンを買っておくんです。
そして実は、車内で泥酔するまで飲むことはほとんどありません。景色をぼんやり眺めながら飲んで熟睡すると幸せな気分にはなれますが、ローカル線ではひと駅寝過ごしたら折り返しがなく、半日を棒に振る、なんてのもザラ。だから、泥酔はダメです。
それと一番気をつけているのが、宿の確保。夜近くまでローカル線に乗っていると、当日の宿が見つからない可能性がある。だから、泊まるエリアについてはその日の朝にある程度目星をつけておきます。そして呑み鉄は午後3時頃には切り上げ、宿泊地に夕方までに着くスケジュールを立てています。
しっかりと酔っ払うのは、宿泊地に着いてから。日本は北に行けば日本酒、南に行けば焼酎。全国どこに行っても、その土地のお酒が必ずあります。自分自身の目利きで地元のよさそうな居酒屋を探し、土地の食材をアテにゆっくりと……まさに至福の時間です。
いままで行った中でよかった店はいろいろとありますが、特に好きなのは福島の郡山にある「三松会館」。郡山に行ったら必ず行きますね。いろいろな種類の定食があり、食堂なのに焼酎も日本酒も豊富でおすすめです。
あとは同じ福島ですが、会津若松の「鶴我・会津本店」。ここは本当に美味しくて、値段もリーズナブル。僕は会津の馬肉が大好きなんですよ。赤身が本当に旨くて、いろいろな部位がすべて刺身で食べられます。
あとは宮崎の「泉の鯉」。鯉料理ですが、ここのは泥臭さがなくて本当に旨いです。特に鯉こくが最高ですから、ぜひ一度、行ってみてください。
今後乗ってみたい路線は、まだまだたくさんあります。たとえば花輪線。昔、冬に乗ったことがあり、すごくいい景色だったのを覚えているんですよ。だから、ぜひもう一度乗りたいと思っています。あとは先ほども言いましたが、三陸鉄道リアス線の全線制覇。そして南阿蘇鉄道が完全復旧した時には必ず乗りたい。寝台観光列車はまだ早いかな。老後のもうちょっと時間に余裕ができたときの楽しみに取っておきたいです。
あとは、自分の生まれ故郷である姫路を走る、姫新線にもう一度乗りたい。子どもの頃これに乗って、岡山の湯郷温泉まで家族旅行をしたことがあります。当時は蒸気機関車でしたね。決して華やかな路線ではありませんが、生まれた街のローカル線だけに、ぜひもう一度乗ってみたいです。
呑み鉄の旅はなぜ、こんなに楽しいんでしょう。おそらく、鉄道ならではの旅情があるからだと思います。飛行機にも車にも船にもなく、鉄道だけにある「連れていかれる」感覚。決して、自分で運転して行くことでも、目的地まで空を飛んで行くことでもない。線路を伝って連れていかれることで心に生じる独特の思い。それはきっと、鉄道に身をゆだねるからこそ生まれるものです。
北に向かう列車に乗りながらお酒を飲み、軽く居眠り。気づいたら窓の外は雪。「ずいぶん遠くに来ていたんだなぁ。いったい何分ぐらい寝ていたんだろう」。そんな思いと、目的地にたどり着いてホームに降りたときの「やっと着いたぞ」という達成感。そして下を見ると、自分が住む街からずっとつながる線路。そこで心に広がるまだ見ぬ土地への何とも言えないワクワク感。これらすべてが、鉄道の旅ならではの旅情です。
ローカル線の旅は、確かに便利なものではありません。有名な観光地に弾丸で行くツアーより、間違いなく効率も悪い。「1日ぐらいムダにしてもいいや」なんて気持ちで出掛ける旅こそ、実は本当の贅沢だと思います。
そして、その中でふと見つけた温泉やちょっとした風景が、もしかすると自分だけの素晴らしい観光スポットになるかもしれない。みんなが好きな人気の名所ばかりめぐってもつまらない。人の評価に惑わされては駄目。華やかさはなくてもオリジナリティがあり、心に染み入る。そんな自分だけの場所を、呑み鉄の旅でぜひ見つけてほしいです。
文=前田成彦 イラスト=藤原徹司(テッポー・デジャイン。)
2019年9月号 特集「夢のニッポンのりもの旅」