「山田屋 臼杵本店」究極のふぐ料理を求めて大分へ。
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。第3回はフグ料理の老舗「山田屋 臼杵本店」を紹介する。
犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員
ホンモノは産地に行ってこそ味わえる
フグの産地は山口県下関市が広く知られているが、平成23〜27年までの5年間は、石川県が漁獲量トップ。平成28年には北海道が1位になっている。いっぽう養殖では長崎県が全国1位と、各地で競い合っている。
そんな中で、フグ好きから不動の支持を得ているのが大分県の臼杵だ。フグの王さまといわれるトラフグの漁場・豊後水道に隣接しているという恵まれたロケーションのおかげで、美味しいフグを安く楽しめるからだ。
東京生まれの私は、実はフグの魅力がいまひとつわからなかった。薄造りは美しいが、味も薄く感じる。コリコリした食感も食感だけのように感じた。ただ、いろいろな場所で味わってようやくわかってきた。やはり、フグは西の食文化。フグ好きがなぜわざわざ産地で食べるのか。その理由は長い時間をかけて確立した、素材の選び方、調理法で味わえるからだ。
臼杵市のフグ専門店は大小合わせて20店。ほとんどの店が仲卸の「木梨ふぐ」から仕入れているという。毎年4月1日〜8月20日までは禁漁となるが、養殖の質が向上し、年を通して美味しいフグが楽しめるという。しかも値段は天然の半値以下。これから春を迎えるが、春のフグもまた、晴れやかな宴席にふさわしい。
美味しいフグはここにある!
私が「山田屋 臼杵店」にはじめてうかがったのは、1年前、地元の食いしん坊の知人に案内されてだった。「山田屋」の名前は、東京でもよく知られている。「山田屋 東京西麻布店」はミシュランの三ツ星を9年連続で獲得しているからだ。
その本店は1905(明治38)年に鮮魚店として創業し、昭和初期に入って2代目がフグを中心とした日本料理店をスタート。3代目、4代目はその思いを引き継ぎ、大分市、東京の西麻布と丸の内にも支店を出店した。
そんな名店で、どんなフグを味わえるのだろう。知人の「天然を用意してくれているけど、こればっかりは個体差があるから」。のひと言に期待でお腹が膨らんだ気がした。
料亭らしい店構えに一瞬、緊張したが、落ち着いた雰囲気の個室と、仲居さんの接客が親しみやすい。コースは前菜、フグ刺し、唐揚げ、フグちりと進む。前菜の中に鶏のガランティーヌなどフレンチの一品が入っていたり、春巻き風の唐揚げだったり。料理としての工夫に富んでいる。少し厚めのフグ刺しは、かみ締めると旨みが広がる。
最後の雑炊がまた、素晴らしかった。鍋のスープにはフグの旨みがすべて出ているようだった。いったん厨房に下げられ、スープを濾して、ご飯を入れてから火を止め、溶き卵を回し入れてかき混ぜる。見た目には溶き卵の雑炊のようだが、口に含むとフグの香ばしさと繊細な溶き卵の食感がなんとも洗練された一品に仕上がっていた。
「今日は上物だったね」。いいときもあれば悪いときもある。それが天然の証しでもある。
4代目女将・山田喜美代さんによれば、養殖と天然の違いはとても微妙で、何度も両方を食べ比べてはじめて違いがわかるという。
「あるとき、天然を召し上がったお客さまが、もう少し食べたいとおっしゃいました。あいにくご用意できるのは養殖しかなかったので、ご説明してお出ししたら、『同時に食べて比べなければその差はわからないかもしれないね』と驚かれていました。天然も養殖もそれぞれのよさがありますね」。
手頃な値段の養殖から高額な天然までさまざまなランクのフグがある。産地でホンモノを味わう意味とは、その価値が理解できるようになること。それが食を文化として後世に伝えることになるのではないだろうか。
山田屋 臼杵本店(やまだや うすきほんてん)
住所|大分県臼杵市港町本通り5
Tel|0972-62-9145
営業時間|11:30〜13:30(L.O.)、17:00~19:30(L.O.)
定休日|不定休
料金|昼限定 ふぐミニコース7000円 夜 ふぐコース1万1000円、1万2000円、1万5000円
www.usukifugu-yamadaya.jp
text=Yumiko Inukai photo=Muneaki Maeda
2019年3月号 特集「暮しが仕事。仕事が暮し。」